救急車が走り出しました。たくさんの人々がその救急車を見送ってます。その中には富士泉関の姿もありました。富士泉関は悔いています。別に富士泉関のせいじゃないと思うんだけど。
悔いて悔いて悔いてるうちに、富士泉関はとんでもないことを思いついてしまいました。朝桜関を追いかけたくなったのです。で、一目散に道路に出ると、さっと手を挙げました。するとタクシーが停車。タクシーの後部ドアが開き、富士泉関が乗り込みました。それを見てタクシーの運転士がびっくり。
「あ、あんた、富士泉?」
「すみません、T病院に行ってください!」
「て、あなた、その恰好で財布もってんの?」
「あ」
そうです。富士泉関は相撲を取ったまま外に飛び出したので、今ふんどし一丁の状態なのです。財布なんか持ってるはずがありません。と、運転士さんが決断しました。
「ま、いいや、お金は後にしましょう!」
「あ、ありがとうございます!」
タクシーが走り出しました。
走るタクシーの中、富士泉関はかなり焦ってるようです。と、運転士さんが声をかけてきました。
「朝桜関は左足の親指をやってしまったんですか?」
「ええ、なんで知ってんですか?」
「ラジオですよ」
そう言えばこのタクシー、NHKラジオがかかってました。今はニュースですが、ちょっと前まで相撲中継だったと思います。
運転士さんは言葉を続けました。
「あれは2年前かなあ? やっぱ横綱が外掛けを仕掛けて、足の親指を痛めたことがありましたよねぇ」
それを聞いて富士泉関は思い出しました。そうです。朝桜関は2年前、場所中に足の親指を痛めたことがあったのです。あのときもたしか外掛けでした。そのせいでその場所は途中休場になってました。あの場所で大関だった富士ケ峰関が全勝して初優勝。横綱昇進を決めてます。
ついでに言いますと、富士ケ峰関はその1つ前の場所は14勝1敗でした。唯一の敗北は朝桜関だったのです。つまり当時の富士ケ峰関は、今の銀奨関とよく似た立場だったのです。
タクシーが病院に着きました。
「ありがとう!」
と言うと、富士泉関がタクシーから降りました。再び言いますが、富士泉関はふんどし一丁。かなり異常な光景です。そのせいで病院にかけつけた芸能レボーターたちにあっけなく発見されてしまいました。
「あ、富士泉関だ!」
芸能レポーターたちはあっという間に富士泉関を囲んでしまいました。
「富士泉さん、責任を感じて来たんですか?」
「今日の一番の感想を!」
「富士ケ峰関との関係は?」
とまあ、質問の連発です。でも、富士泉関の今の関心は、朝桜関の容体だけです。
「ちょ、ちょっとどいてくれよ!」
富士泉関は芸能レポーターとそのクルーたちのスクラムを強行突破しようとしました。けど、芸能レポーターたちも徹底的に食い下がり、マイクを向けてきます。でも、富士泉関は病院のエントランスをくぐることができましたが、芸能レポーターたちはガードマンに止められてしまいました。
「す、すみません!」
病院内の廊下で富士泉関は目の前を横切る看護師さんに突然声をかけました。看護師さんはふんどし一丁の富士泉関を見ると、眼をまん丸くしちゃいました。
「ええ・・・?」
やっぱ土俵を降りてそのまま来ちゃったのはまずかったよ~。でも、看護師さんは冷静でした。これから質問してくる内容を理解してるみたい。で、質問してくる前に回答しちゃいました。
「さっき救急車で運ばれてきたお相撲さんなら、今手術室ですよ」
「あ、ありがとうございます!」
富士泉関は走りだそうとしましたが、すぐにあることに気づき、急ブレーキ。で、再び看護師さんに質問です。
「あ、あの~、手術室はどこですか?」
看護師さんは通路の奥に指をさし、
「この先です」
「ありがとう!」
富士泉関は走り出しました。
富士泉関は手術室の前に来ました。そこには数人の力士がいました。富士泉関はその力士衆が朝桜関の付き人だと直感しました。で、いきなりの謝罪です。腰を90度曲げて、大きな声で、
「すみませんでした!」
付き人衆は突然の謝罪にびっくりです。
「や、やめてください!」
付き人の1人が冷静に語りかけてきました。
「横綱はすべて自分の未熟さのせいだと言ってました。どうか気にしないでください」
富士泉関は何か言い返そうとしましたが、他の部屋の取的さんにあまりムリは言えません。とりあえず一言。
「わ、わかりました」
と言って、沈黙しました。でも、すぐにある疑念が湧いてきて、さっきの付き人さんに質問しました。
「あの~、横綱の容体は?」
「左足の親指の骨折です。先生は脱臼もやってる可能性があると言ってましたね。今場所は休場でしょう」
休場・・・ てことは、50連勝はふい?
「す、すみません」
富士泉関はまたもや謝りました。付き人さんは呆れたって顔です。
「もう気にしないでください。お願いです!」
「わ、わかりました」
本当にわかってるのかなあ? と、突然別の力士たちが現れました。12人います。彼らは葵部屋の取的衆です。3人は富士泉関の付き人ですが、残りは横綱富士ケ峰関の付き人でした。
「お、お前たち?・・・」
付き人の1人がぱんぱんに膨れた風呂敷を富士泉に差し出しました。
「はい、着替えです」
「あ、ありがとう」
富士泉関は取的衆を見回して、
「お前たちは横綱の付き人だろ。こんなところにいちゃ、まずいんじゃないのか?」
「それが、お前たちも行ってこいと横綱が言ったんですよ」
え、あの横綱が? あの横綱も気を使ってるんだ。
富士泉関はとりあえず着替えるために、人気のない廊下に行きました。
それからしばらくして手術室の扉が開きました。着替え済みの富士泉関と朝桜関の付き人衆が一斉にその方向を見ました。
「横綱!」
朝桜関は男性看護師に押された車いすに乗ってました。中に固定する器具が入ってるのか、左足の親指には異様にぶっとい包帯が巻かれてました。
富士泉関が横綱に駆け寄りました。で、またもや腰を90度曲げて謝罪です。
「横綱、すみませんでした!」
「なんだお前、なんでこんなところにいるんだ?」
思わぬ返答に富士泉関はびっくりです。
「え・・・」
「これはすべて自分の未熟さからきたケガだ。お前には何にも関係ないぞ。
わしはなあ、元々外掛けを得意としてたんだ。1場所に2~3回はやってたかな? だがなあ、今から2年前外掛けをやったとき、足の親指を痛めてしまったことがあったんだ。
それ以来外掛けは封印してきたが、お前の内掛けを見て、久しぶりに外掛けをやりたくなったんだ。それでこのざまだよ。外掛けなんかしなきゃよかったよ」
「でも、横綱はこれで50連勝がなくなったんですよ! いくら謝罪しても、謝罪し切れませんよ!」
「あ~、だから・・・」
と、ここで朝桜関にあるアイデアが浮かびました。
「じゃ、こうしよう。お前、残りの3日間全部勝て。そうすれば許してやるよ」
それを聞いてこれまで沈んでいた富士泉関の顔がぱっと明るくなりました。
「は、はい!」
横綱が右手を差し出しました。握手を求めているようです。富士泉関は求められるまま、握手しました。2人の眼と眼は完全に合致しました。
朝桜関は車いすを押してる男性看護師さんに声をかけました。
「お願いします」
車いすが動き出しました。横綱は再び富士泉関を見ると、こう言いました。
「せっかくもらった休養だ。高処の見物をさせてもらうよ」
と、横綱は今度はぼくを見ました。
「なんだ、お前も来てたのか?」
だから、ぼくに話しかけないでって!
悔いて悔いて悔いてるうちに、富士泉関はとんでもないことを思いついてしまいました。朝桜関を追いかけたくなったのです。で、一目散に道路に出ると、さっと手を挙げました。するとタクシーが停車。タクシーの後部ドアが開き、富士泉関が乗り込みました。それを見てタクシーの運転士がびっくり。
「あ、あんた、富士泉?」
「すみません、T病院に行ってください!」
「て、あなた、その恰好で財布もってんの?」
「あ」
そうです。富士泉関は相撲を取ったまま外に飛び出したので、今ふんどし一丁の状態なのです。財布なんか持ってるはずがありません。と、運転士さんが決断しました。
「ま、いいや、お金は後にしましょう!」
「あ、ありがとうございます!」
タクシーが走り出しました。
走るタクシーの中、富士泉関はかなり焦ってるようです。と、運転士さんが声をかけてきました。
「朝桜関は左足の親指をやってしまったんですか?」
「ええ、なんで知ってんですか?」
「ラジオですよ」
そう言えばこのタクシー、NHKラジオがかかってました。今はニュースですが、ちょっと前まで相撲中継だったと思います。
運転士さんは言葉を続けました。
「あれは2年前かなあ? やっぱ横綱が外掛けを仕掛けて、足の親指を痛めたことがありましたよねぇ」
それを聞いて富士泉関は思い出しました。そうです。朝桜関は2年前、場所中に足の親指を痛めたことがあったのです。あのときもたしか外掛けでした。そのせいでその場所は途中休場になってました。あの場所で大関だった富士ケ峰関が全勝して初優勝。横綱昇進を決めてます。
ついでに言いますと、富士ケ峰関はその1つ前の場所は14勝1敗でした。唯一の敗北は朝桜関だったのです。つまり当時の富士ケ峰関は、今の銀奨関とよく似た立場だったのです。
タクシーが病院に着きました。
「ありがとう!」
と言うと、富士泉関がタクシーから降りました。再び言いますが、富士泉関はふんどし一丁。かなり異常な光景です。そのせいで病院にかけつけた芸能レボーターたちにあっけなく発見されてしまいました。
「あ、富士泉関だ!」
芸能レポーターたちはあっという間に富士泉関を囲んでしまいました。
「富士泉さん、責任を感じて来たんですか?」
「今日の一番の感想を!」
「富士ケ峰関との関係は?」
とまあ、質問の連発です。でも、富士泉関の今の関心は、朝桜関の容体だけです。
「ちょ、ちょっとどいてくれよ!」
富士泉関は芸能レポーターとそのクルーたちのスクラムを強行突破しようとしました。けど、芸能レポーターたちも徹底的に食い下がり、マイクを向けてきます。でも、富士泉関は病院のエントランスをくぐることができましたが、芸能レポーターたちはガードマンに止められてしまいました。
「す、すみません!」
病院内の廊下で富士泉関は目の前を横切る看護師さんに突然声をかけました。看護師さんはふんどし一丁の富士泉関を見ると、眼をまん丸くしちゃいました。
「ええ・・・?」
やっぱ土俵を降りてそのまま来ちゃったのはまずかったよ~。でも、看護師さんは冷静でした。これから質問してくる内容を理解してるみたい。で、質問してくる前に回答しちゃいました。
「さっき救急車で運ばれてきたお相撲さんなら、今手術室ですよ」
「あ、ありがとうございます!」
富士泉関は走りだそうとしましたが、すぐにあることに気づき、急ブレーキ。で、再び看護師さんに質問です。
「あ、あの~、手術室はどこですか?」
看護師さんは通路の奥に指をさし、
「この先です」
「ありがとう!」
富士泉関は走り出しました。
富士泉関は手術室の前に来ました。そこには数人の力士がいました。富士泉関はその力士衆が朝桜関の付き人だと直感しました。で、いきなりの謝罪です。腰を90度曲げて、大きな声で、
「すみませんでした!」
付き人衆は突然の謝罪にびっくりです。
「や、やめてください!」
付き人の1人が冷静に語りかけてきました。
「横綱はすべて自分の未熟さのせいだと言ってました。どうか気にしないでください」
富士泉関は何か言い返そうとしましたが、他の部屋の取的さんにあまりムリは言えません。とりあえず一言。
「わ、わかりました」
と言って、沈黙しました。でも、すぐにある疑念が湧いてきて、さっきの付き人さんに質問しました。
「あの~、横綱の容体は?」
「左足の親指の骨折です。先生は脱臼もやってる可能性があると言ってましたね。今場所は休場でしょう」
休場・・・ てことは、50連勝はふい?
「す、すみません」
富士泉関はまたもや謝りました。付き人さんは呆れたって顔です。
「もう気にしないでください。お願いです!」
「わ、わかりました」
本当にわかってるのかなあ? と、突然別の力士たちが現れました。12人います。彼らは葵部屋の取的衆です。3人は富士泉関の付き人ですが、残りは横綱富士ケ峰関の付き人でした。
「お、お前たち?・・・」
付き人の1人がぱんぱんに膨れた風呂敷を富士泉に差し出しました。
「はい、着替えです」
「あ、ありがとう」
富士泉関は取的衆を見回して、
「お前たちは横綱の付き人だろ。こんなところにいちゃ、まずいんじゃないのか?」
「それが、お前たちも行ってこいと横綱が言ったんですよ」
え、あの横綱が? あの横綱も気を使ってるんだ。
富士泉関はとりあえず着替えるために、人気のない廊下に行きました。
それからしばらくして手術室の扉が開きました。着替え済みの富士泉関と朝桜関の付き人衆が一斉にその方向を見ました。
「横綱!」
朝桜関は男性看護師に押された車いすに乗ってました。中に固定する器具が入ってるのか、左足の親指には異様にぶっとい包帯が巻かれてました。
富士泉関が横綱に駆け寄りました。で、またもや腰を90度曲げて謝罪です。
「横綱、すみませんでした!」
「なんだお前、なんでこんなところにいるんだ?」
思わぬ返答に富士泉関はびっくりです。
「え・・・」
「これはすべて自分の未熟さからきたケガだ。お前には何にも関係ないぞ。
わしはなあ、元々外掛けを得意としてたんだ。1場所に2~3回はやってたかな? だがなあ、今から2年前外掛けをやったとき、足の親指を痛めてしまったことがあったんだ。
それ以来外掛けは封印してきたが、お前の内掛けを見て、久しぶりに外掛けをやりたくなったんだ。それでこのざまだよ。外掛けなんかしなきゃよかったよ」
「でも、横綱はこれで50連勝がなくなったんですよ! いくら謝罪しても、謝罪し切れませんよ!」
「あ~、だから・・・」
と、ここで朝桜関にあるアイデアが浮かびました。
「じゃ、こうしよう。お前、残りの3日間全部勝て。そうすれば許してやるよ」
それを聞いてこれまで沈んでいた富士泉関の顔がぱっと明るくなりました。
「は、はい!」
横綱が右手を差し出しました。握手を求めているようです。富士泉関は求められるまま、握手しました。2人の眼と眼は完全に合致しました。
朝桜関は車いすを押してる男性看護師さんに声をかけました。
「お願いします」
車いすが動き出しました。横綱は再び富士泉関を見ると、こう言いました。
「せっかくもらった休養だ。高処の見物をさせてもらうよ」
と、横綱は今度はぼくを見ました。
「なんだ、お前も来てたのか?」
だから、ぼくに話しかけないでって!