土俵の下ではすでに誉関が立ち上がってます。けど、横綱富士ケ峰関はまだ立ちあがってないようです。富士泉関はそれに気づき、慌てて横綱に駆けつけました。
「よ、横綱っ!」
横綱はうつぶせに倒れたままです。どうやら失神してるようです。富士泉関は慌てて横綱の身体を半身抱き起しました。横綱はまだ意識がない状態です。
「横綱、しっかりしてください!」
富士泉関は2・3度軽く横綱のほほを叩きました。すると横綱は眼を開けました。
「あ、ああ・・・ 勝負は、勝負はどうなった?」
「今協議中です」
「協議中?・・・」
「まだ勝負は確定してないのです!」
「ああ・・・」
横綱の意識は、まだかなり飛んでるようです。
土俵上では審判長がマイクを握りました。
「只今の協議についてご説明します! 行司軍配は誉関有利とみて上げましたが、同体ではないかと物言いがつき、協議の結果、同体とみて、取り直しとします!」
うおーっ! 観客が一斉に声を挙げました。千秋楽の結びの一番をもう1度見られるなんて、今日の観客は幸せですねぇ。でも、横綱は土俵に立てるのかなあ?
と思ったら、横綱は急に元気になって立ち上がりました。
「よし、も一丁か!」
けど、その瞬間またふらっときました。
「うう・・・」
横綱はしゃがみこんでしまいました。
「横綱!」
富士泉関は横綱のその姿にかなり焦ってます。けど、横綱はまた立ち上がりました。
「いやいや、なんともないよ。
わしはここで勝たんと優勝も準優勝もないだろ。わしはまだ横綱でいたいんだ。土俵に上がらんとなあ」
ああ、やっぱり横綱は葵親方のあの一言を気にしてたんだ。
けど、横綱はガッツがあるなあ。以前横綱は自分に大甘だと思ったことがあったけど、あれは取り消さないといけないかな。
横綱はまた二字口から土俵に上がりました。でも、やっぱりふらふらしてます。見送る富士泉関が今できることは、祈ることだけです。
土俵上では両関取の四股が始まりました。表向き横綱はふつーに四股を踏んでます。けど、呼吸はむちゃくちゃ苦しそう。荒い息が土俵下で観戦してる富士泉関の耳にも聞こえてきます。
これはぼくの私見だけど、横綱はすでに限界で、立ってるだけでも苦しいような。まともに相撲が取れないような気がします。
一方の誉関ですが、淡々と塩撒き、四股、蹲踞を繰り返していきます。1度も幕内優勝がない誉関です。今度こそ勝って、堂々優勝を決めたいと思ってるんじゃないかな。
取り直しの一番はいよいよ時間となりました。両力士とも土俵に片手を付けました。
両者見合って、見合って! 発気揚々! 残った!
立会と同時に誉関両差し。そのまま寄って行いきます。一気に片を付ける気です。それに対し横綱は、両手とも上手が取れません。横綱ピンチ!
が、土壇場で右手が廻しに触れました。廻しを掴むと同時に上手投げ。誉関の一気の寄りの勢いもあり、誉関と横綱の身体は絡み合ったまま、土俵の外に吹っ飛んで行ってしまいました。けど、これはどう見ても横綱の勝ちです。横綱、優勝同点。ノルマ達成です。
「うおーっ!」
ずごい歓声。会場は興奮のるつぼと化しました。
が、またもや異変が発生してました。横綱が砂かぶりで再び気を失ってるのです。
「う、うう・・・」
横綱富士ケ峰関がベッドの上で目醒めました。周りにいた横綱の付き人がすぐに気づきました。
「先生!、横綱が、横綱が眼を醒ましました!」
すぐに白衣の人、この人はドクターかな? が飛んできました。ここは医務室です。部屋にあるテレビモニターには、蹲踞してる富士泉関が映ってます。横綱はそれを見て、
「い、いずみ? いずみは何をやってるんだ?」
「優勝決定戦です」
「優勝決定戦? わ、わしは? わしは誉に負けたのか?」
「横綱は誉関に勝ちましたが・・・ 残念ですが、上の判断で棄権となりました」
「あは、そうか」
横綱は悔しがるかと思いきや、なんか急に安心した顔になりました。横綱は誉関に勝ったことで安心しちゃったのかな? 横綱の今場所のノルマは優勝か準優勝でした。優勝同点となったのでそれはクリア。それで安心しちゃったのかも。
横綱の付き人の1人が優勝決勝戦を横綱に説明しました。優勝決勝戦には大関銀奨関、大関誉関、平幕市松関、平幕富士泉関の4人が進出。前述の通り、横綱富士ケ峰関は棄権となりました。ちなみに、もう1人の横綱朝桜関も12勝1敗2休なのでこの決勝戦に出る資格はありますが、左足親指骨折のため、当然棄権です。
優勝決定戦進出はトーナメントで行われることになりました。1回戦目は誉関対富士泉関戦と銀奨関対市松関戦に決定しています。今は誉関対富士泉関戦の取組の真っ最中です。
突如医務室のドアが開き、救急隊員が入ってきました。そのリーダー格の人が横綱を見て、
「ケガをした人は、この人ですか?」
と言いました。どうやら横綱を緊急搬送するようです。
「おいおい、待ってくれ、わしはこの優勝決勝戦をどうしても見たいんじゃ」
緊急隊員はちょっと呆れたて顔を見せました。
「し、しかし・・・」
付き人の1人も言いました。
「横綱、今すぐ病院に行った方がいいですよ」
「うるさい! わしはどうしてもこの取組が見たいんじゃ!」
横綱は頑固です。これは動きそうにないですねぇ。仕方なく救急隊員は少しだけ待つことにしました。
いよいよ優勝決定戦第1試合の制限時間となりました。ぼくはワープして土俵際に来ました。そして最後の塩を掴んだ富士泉関の目の前に立ちました。
「横綱、目を醒ましたよ。もう大丈夫みたい」
富士泉関はそれを聞くと、ちょっと微笑みました。
「ありがと。でも、もうちょっと見守っててくれよ。心配なんだ」
「OK!」
ぼくはもう1回ワープして、横綱がいる支度部屋に戻りました。横綱はベッドに腰かけ、テレビモニターに釘づけになってました。
テレビモニターには土俵上の富士泉関と誉関が映ってます。ものすごい声援です。その声援ですが、8:2で富士泉関に分があるようです。でも、
「富士泉ーっ、そんな悪いやつ、ぶち殺しちまえよ!」
という罵声も飛んでます。さっきの結びの一番を見て、誉関悪という図式を勝手に作っちゃったバカがいるんですよ。これはいただけませんねぇ。こんなやつ、絶対相撲ファンじゃないよ!
いよいよ立会。2人とも腰を割りました。両者見合って、手を付いて、発気揚々! 残ったーっ!
富士泉関、いきなり得意の右四つ。そのまま寄り切ってしまいました。なんと誉関はまったく抵抗しなかったのです。これは拍子抜けです。熱戦を期待してた観客からは、すさまじい罵声が飛んできました。
「ふざけんな、誉!」
「こんなところで八百長やんなよ!」
「誉、死んじまえ!」
そんな中、勝負がついたというのに、誉関はなかなか身体を離しません。富士泉関はちょっと焦りました。
「あ、あの・・・」
「ありがと、君があの横綱の弟弟子でよかった」
というと、誉関はようやく手を離してくれました。富士泉関の頭の中は?でいっぱいになってます。と、次の瞬間異変が。誉関の身体が崩れ落ちるように倒れてしまったのです。
「きゃーっ!」
女性観客のだれかが悲鳴を上げました。場内大騒然です。ぼくがいた支度部屋も騒然となりました。富士ケ峰関はベッドに腰かけてテレビモニターを見てましたが、救急隊員のリーダーに振り返ると、
「おい、やつを先に搬送してやってくれ。わしはあと2番見たら、すぐに病院にいくから」
救急隊員たちは顔を見合わせうなずくと、土俵に向かいました。
「やつの小さい身体じゃ、一日に3番は到底むりだったんだ。おまけに今日は千秋楽だ。疲れもピークだったんだろう。やつは棄権したわしよりうーんと立派だよ」
と、横綱はぽつりと言いました。そんだったら最初から優勝決定戦を棄権すればよかったのに。でも、誉関も大関としてのプライドがあります。プライドというより、性(しょう)と業(ごう)かな。それが土俵に上がらせたのかもしれませんね。
横綱はさらに言葉を続けました。
「誰かが言ってたな。やつにもしあと5センチと20キロあったなら、名横綱になってたと。ふふ、言い得て妙だ」
一方土俵では、誉関の身体が付き人や呼出しさんに車いすに乗せられ運び出されてます。まだ気を失ったままです。それを見て富士泉関がちょっと青ざめました。これが幕内? これが大関? 大関になったら自分の生を賭けて土俵に上がらないといけないのか? じゃ、横綱は? 横綱は何を賭けないといけないんだ? 富士泉関は何か恐ろしいものを感じてしまいました。
ちなみに、誉関の身体は通路の途中で救急隊員にタッチされました。
「よ、横綱っ!」
横綱はうつぶせに倒れたままです。どうやら失神してるようです。富士泉関は慌てて横綱の身体を半身抱き起しました。横綱はまだ意識がない状態です。
「横綱、しっかりしてください!」
富士泉関は2・3度軽く横綱のほほを叩きました。すると横綱は眼を開けました。
「あ、ああ・・・ 勝負は、勝負はどうなった?」
「今協議中です」
「協議中?・・・」
「まだ勝負は確定してないのです!」
「ああ・・・」
横綱の意識は、まだかなり飛んでるようです。
土俵上では審判長がマイクを握りました。
「只今の協議についてご説明します! 行司軍配は誉関有利とみて上げましたが、同体ではないかと物言いがつき、協議の結果、同体とみて、取り直しとします!」
うおーっ! 観客が一斉に声を挙げました。千秋楽の結びの一番をもう1度見られるなんて、今日の観客は幸せですねぇ。でも、横綱は土俵に立てるのかなあ?
と思ったら、横綱は急に元気になって立ち上がりました。
「よし、も一丁か!」
けど、その瞬間またふらっときました。
「うう・・・」
横綱はしゃがみこんでしまいました。
「横綱!」
富士泉関は横綱のその姿にかなり焦ってます。けど、横綱はまた立ち上がりました。
「いやいや、なんともないよ。
わしはここで勝たんと優勝も準優勝もないだろ。わしはまだ横綱でいたいんだ。土俵に上がらんとなあ」
ああ、やっぱり横綱は葵親方のあの一言を気にしてたんだ。
けど、横綱はガッツがあるなあ。以前横綱は自分に大甘だと思ったことがあったけど、あれは取り消さないといけないかな。
横綱はまた二字口から土俵に上がりました。でも、やっぱりふらふらしてます。見送る富士泉関が今できることは、祈ることだけです。
土俵上では両関取の四股が始まりました。表向き横綱はふつーに四股を踏んでます。けど、呼吸はむちゃくちゃ苦しそう。荒い息が土俵下で観戦してる富士泉関の耳にも聞こえてきます。
これはぼくの私見だけど、横綱はすでに限界で、立ってるだけでも苦しいような。まともに相撲が取れないような気がします。
一方の誉関ですが、淡々と塩撒き、四股、蹲踞を繰り返していきます。1度も幕内優勝がない誉関です。今度こそ勝って、堂々優勝を決めたいと思ってるんじゃないかな。
取り直しの一番はいよいよ時間となりました。両力士とも土俵に片手を付けました。
両者見合って、見合って! 発気揚々! 残った!
立会と同時に誉関両差し。そのまま寄って行いきます。一気に片を付ける気です。それに対し横綱は、両手とも上手が取れません。横綱ピンチ!
が、土壇場で右手が廻しに触れました。廻しを掴むと同時に上手投げ。誉関の一気の寄りの勢いもあり、誉関と横綱の身体は絡み合ったまま、土俵の外に吹っ飛んで行ってしまいました。けど、これはどう見ても横綱の勝ちです。横綱、優勝同点。ノルマ達成です。
「うおーっ!」
ずごい歓声。会場は興奮のるつぼと化しました。
が、またもや異変が発生してました。横綱が砂かぶりで再び気を失ってるのです。
「う、うう・・・」
横綱富士ケ峰関がベッドの上で目醒めました。周りにいた横綱の付き人がすぐに気づきました。
「先生!、横綱が、横綱が眼を醒ましました!」
すぐに白衣の人、この人はドクターかな? が飛んできました。ここは医務室です。部屋にあるテレビモニターには、蹲踞してる富士泉関が映ってます。横綱はそれを見て、
「い、いずみ? いずみは何をやってるんだ?」
「優勝決定戦です」
「優勝決定戦? わ、わしは? わしは誉に負けたのか?」
「横綱は誉関に勝ちましたが・・・ 残念ですが、上の判断で棄権となりました」
「あは、そうか」
横綱は悔しがるかと思いきや、なんか急に安心した顔になりました。横綱は誉関に勝ったことで安心しちゃったのかな? 横綱の今場所のノルマは優勝か準優勝でした。優勝同点となったのでそれはクリア。それで安心しちゃったのかも。
横綱の付き人の1人が優勝決勝戦を横綱に説明しました。優勝決勝戦には大関銀奨関、大関誉関、平幕市松関、平幕富士泉関の4人が進出。前述の通り、横綱富士ケ峰関は棄権となりました。ちなみに、もう1人の横綱朝桜関も12勝1敗2休なのでこの決勝戦に出る資格はありますが、左足親指骨折のため、当然棄権です。
優勝決定戦進出はトーナメントで行われることになりました。1回戦目は誉関対富士泉関戦と銀奨関対市松関戦に決定しています。今は誉関対富士泉関戦の取組の真っ最中です。
突如医務室のドアが開き、救急隊員が入ってきました。そのリーダー格の人が横綱を見て、
「ケガをした人は、この人ですか?」
と言いました。どうやら横綱を緊急搬送するようです。
「おいおい、待ってくれ、わしはこの優勝決勝戦をどうしても見たいんじゃ」
緊急隊員はちょっと呆れたて顔を見せました。
「し、しかし・・・」
付き人の1人も言いました。
「横綱、今すぐ病院に行った方がいいですよ」
「うるさい! わしはどうしてもこの取組が見たいんじゃ!」
横綱は頑固です。これは動きそうにないですねぇ。仕方なく救急隊員は少しだけ待つことにしました。
いよいよ優勝決定戦第1試合の制限時間となりました。ぼくはワープして土俵際に来ました。そして最後の塩を掴んだ富士泉関の目の前に立ちました。
「横綱、目を醒ましたよ。もう大丈夫みたい」
富士泉関はそれを聞くと、ちょっと微笑みました。
「ありがと。でも、もうちょっと見守っててくれよ。心配なんだ」
「OK!」
ぼくはもう1回ワープして、横綱がいる支度部屋に戻りました。横綱はベッドに腰かけ、テレビモニターに釘づけになってました。
テレビモニターには土俵上の富士泉関と誉関が映ってます。ものすごい声援です。その声援ですが、8:2で富士泉関に分があるようです。でも、
「富士泉ーっ、そんな悪いやつ、ぶち殺しちまえよ!」
という罵声も飛んでます。さっきの結びの一番を見て、誉関悪という図式を勝手に作っちゃったバカがいるんですよ。これはいただけませんねぇ。こんなやつ、絶対相撲ファンじゃないよ!
いよいよ立会。2人とも腰を割りました。両者見合って、手を付いて、発気揚々! 残ったーっ!
富士泉関、いきなり得意の右四つ。そのまま寄り切ってしまいました。なんと誉関はまったく抵抗しなかったのです。これは拍子抜けです。熱戦を期待してた観客からは、すさまじい罵声が飛んできました。
「ふざけんな、誉!」
「こんなところで八百長やんなよ!」
「誉、死んじまえ!」
そんな中、勝負がついたというのに、誉関はなかなか身体を離しません。富士泉関はちょっと焦りました。
「あ、あの・・・」
「ありがと、君があの横綱の弟弟子でよかった」
というと、誉関はようやく手を離してくれました。富士泉関の頭の中は?でいっぱいになってます。と、次の瞬間異変が。誉関の身体が崩れ落ちるように倒れてしまったのです。
「きゃーっ!」
女性観客のだれかが悲鳴を上げました。場内大騒然です。ぼくがいた支度部屋も騒然となりました。富士ケ峰関はベッドに腰かけてテレビモニターを見てましたが、救急隊員のリーダーに振り返ると、
「おい、やつを先に搬送してやってくれ。わしはあと2番見たら、すぐに病院にいくから」
救急隊員たちは顔を見合わせうなずくと、土俵に向かいました。
「やつの小さい身体じゃ、一日に3番は到底むりだったんだ。おまけに今日は千秋楽だ。疲れもピークだったんだろう。やつは棄権したわしよりうーんと立派だよ」
と、横綱はぽつりと言いました。そんだったら最初から優勝決定戦を棄権すればよかったのに。でも、誉関も大関としてのプライドがあります。プライドというより、性(しょう)と業(ごう)かな。それが土俵に上がらせたのかもしれませんね。
横綱はさらに言葉を続けました。
「誰かが言ってたな。やつにもしあと5センチと20キロあったなら、名横綱になってたと。ふふ、言い得て妙だ」
一方土俵では、誉関の身体が付き人や呼出しさんに車いすに乗せられ運び出されてます。まだ気を失ったままです。それを見て富士泉関がちょっと青ざめました。これが幕内? これが大関? 大関になったら自分の生を賭けて土俵に上がらないといけないのか? じゃ、横綱は? 横綱は何を賭けないといけないんだ? 富士泉関は何か恐ろしいものを感じてしまいました。
ちなみに、誉関の身体は通路の途中で救急隊員にタッチされました。