病院から富士泉関が出てきました。さっそくテレビのレポーターたちが殺到します。
「あっ、今富士泉関が出てきました!」
「富士泉関、朝桜関はどんな様子ですか?」
「富士ケ峰関とは仲直りするのですか?」
が、葵部屋の取的衆が富士泉関を包囲してます。
「よーし、みんな、富士泉関を守るぞ!」
「おーっ!」
取的衆はスクラムのように富士泉関を包囲しながら進行です。力士たちのぶ厚い壁にレポーターたちはマイクを向けることもできません。富士泉関はそのまま葵部屋の8人乗りのクルマに乗り込み、行ってしまいました。
8人乗りのクルマが葵部屋に到着しました。尾行してきたクルマから2~3人のレポーターとカメラクルーが降りてきましたが、富士泉関に同乗していた4人の取的のスクラムに近づくことさえできません。富士泉関は建物の中に入ってしまいました。
「失礼します」
富士泉関が襖を開けました。そこは4日前富士泉関と葵親方が会談した和室です。今日は前回と同じように葵親方と、その横に横綱富士ケ峰関が座布団に座ってました。親方はちゃんと正座してますが、横綱は正座が苦しいのか、脚を大きく伸ばしてました。4日前は富士泉関用の座布団はありませんでしたが、今日はありました。
「失礼します」
と頭を下げると、富士泉関はその座布団に正座で座りました。まずは富士ケ峰関を見て、
「横綱、付き人を貸していただき、ありがとうございました」
「いいってことよ」
親方は横目で横綱に合図を送りました。
「おい、いずみに何か言うことあるんだろ」
「あ、はい」
横綱は富士泉関の眼を見ました。
「いずみ、明日からまた露払いをしてくれないか」
その発言に富士泉関はびっくりです。
「い、いいんですか?」
「やっぱ同じ部屋の力士じゃないと、力が入らんのじゃ」
「あ、ありがとうございます!」
富士泉関はまた頭を下げました。こうして2人の仲が回復しました。
翌日横綱富士ケ峰関と富士泉関は同じショーファードリムジンに乗り込みました。今日から同伴出勤再開です。
車中、富士泉関は1つの疑問を富士ケ峰関に投げかけてみました。
「横綱、場所前に親方は、この場所で優勝か準優勝しないと引退させると言ったみたいですが?」
「なんだ、お前もテレビ局のレポーターみたいなこと言うんだな」
「あは、す、すみません」
「あれは親方の口癖だよ。3場所も前から言ってるんだよ」
ええ、そうなの? あの親方も結構いい加減だなあ。富士泉関もちょっとあんぐりとしてます。横綱はさらに言葉を続けました。
「でも、今場所本当に準優勝できそうになってきたな」
そうなんです。故障した横綱朝桜関を除くと、今のところ全勝は大関銀奨関だけ。1敗はいなく、2敗に大関誉関。横綱はそれに次ぐ9勝3敗なのです。誉関とは明日か明後日の千秋楽で当たるはずです。つまり横綱が誉関に勝てば、3敗で並んで準優勝となるのです。
ただ、問題は今日対戦する銀奨関。さっきも言った通り、銀奨関はここまで全勝中。おまけに、横綱富士ケ峰関は銀奨関に一度も勝ったことがないのです。実際のところ、富士ケ峰関の準優勝は難しいと思う・・・
リムジンが会場の南門に到着しました。富士泉関がリムジンから降りると、うぉーっと歓声が上がりました。昨日の横綱朝桜関のことがあって少しは罵声が混じるのかと思いきや、余計に人気が上がってました。
が、続いて横綱富士ケ峰関が降りると、みんなびっくりです。富士泉関善、富士ケ峰関悪という図式を作ってたファンは、2人が同じクルマに乗ってて、かなり驚いたみたい。
でも、横綱富士ケ峰関も策士ですねぇ。こうやって2人が仲良くなったところをみんなに見せつけて、悪化した自分のイメージを回復させるなんて。本当なら横綱なんだから、地下駐車場に入れるのに。
2人は花道の中を胸を張って行進しました。
富士泉関にとって5日ぶりの露払い。立派な横綱と化粧廻しを装備した富士ケ峰関が、前にいる富士泉関に声をかけました。
「行くぞ!」
後ろ向きだった富士泉関が、顔だけ振り返りました。
「はい!」
いよいよ横綱土俵入りです。
横綱富士ケ峰関が入場してきました。昨日まではどこか沈んだ、たま~に罵声が飛んでいた土俵入りでしたが、今日はすべての観客が驚いてます。富士泉関が先導してるからです。ワンテンポ置いて歓声が起こりました。今日は明るい土俵入りとなりました。
二字口から横綱と、露払い役の富士桜関と太刀持ち役の力士が土俵に上がりました。いよいよ雲竜型土俵入りの開始です。柏手、四股、せりあがって、また四股。
「よいっしょーっ!」
その瞬間、観客から掛け声が飛びました。昨日まではないに等しかった掛け声が、今日は再び大きくなってました。こうして横綱土俵入りが終了しました。
富士泉関はここ4日間上位の力士と対戦してきましたが、今日は中頃の力士との対戦です。佐々丸関。7日目富士ケ峰関に勝って金星を挙げた力士です。佐々丸関は6日目までは2勝4敗でしたが、7日目横綱に勝つと勢いに乗り、それから6連勝。一気に勝ち越しを決めてました。11日目には大関誉関の11連勝を阻止してます。
身長2m10cm、体重220kgと、現役最巨人最巨漢力士。横からの攻撃には弱いんですが、7日目からは横からの攻撃に徹底的に備えてました。
いよいよ富士泉関と佐々丸関の取組です。間近で見る佐々丸関はあまりにも巨大で、身長176cmの富士泉関はちょっとびびってます。でも、こんなところでおじけづいてるわけにはいきません。
時間です。富士泉関は腰を割りました。ちょっと遅れて佐々丸関も腰を割りました。両者片手を付いて、もう片方の手も付いて、発気揚々! 残った!
今場所立会に定評のある富士泉関は、いつもより低い体勢で佐々丸関の懐に飛び込みました。そして両手とも浅く差し、右脚で内掛け。佐々丸関の左アキレス腱に富士泉関の踵が絡みつきました。が、動かないのです。佐々丸関の身体は大きすぎて、まったく動かないのです。富士泉関は焦りました。なんて重い身体なんだ・・・
富士泉関は頭と左肩を使って佐々丸関の胸を押しますが、やっぱりぜんぜん動きません。一方佐々丸関もあえて動かないようにしてます。この体勢でヘタに動いたら、相手の思う壺になってしまいます。ここは富士泉関の攻め疲れを待つ戦法です。
5秒、10秒、15秒。両者まったく動きません。さすがに富士泉関は攻め疲れてきました。でも、こんなところで負けるわけにはいけません。富士泉関の脳裏には、昨日の横綱朝桜関の言葉が響いてました。
「お前、残りの3日間全部勝て。そうすれば許してやるよ」
「うおーっ!」
富士泉関は咆哮を挙げて最後の力を振り絞りました。と、佐々丸関の太ももが眼に入りました。富士泉関は藁にもすがる思いで、左手でその太ももを掬い上げました。すると佐々丸関の身体が動いたのです。ゆっくりとゆっくりと佐々丸関の身体が倒れ始めました。そしてでーんと尻もちをついたのです。富士泉関の勝利です。場内は大きな歓声が湧きました。
決まり手の発表がありました。なんと三所攻め。これは超珍しい決まり手でした。
汗だくで富士泉関が通路を歩いてきました。ぼくはさっそく声をかけてみました。
「おめでとう、富士泉関!」
「いや~、今日は疲れたよ。今場所一番汗をかいたんじゃないかな」
「うん、じゃ、お風呂かな?」
「あは、そうだな」
富士泉関はそのままお風呂の方に行ってしまいました。
「あっ、今富士泉関が出てきました!」
「富士泉関、朝桜関はどんな様子ですか?」
「富士ケ峰関とは仲直りするのですか?」
が、葵部屋の取的衆が富士泉関を包囲してます。
「よーし、みんな、富士泉関を守るぞ!」
「おーっ!」
取的衆はスクラムのように富士泉関を包囲しながら進行です。力士たちのぶ厚い壁にレポーターたちはマイクを向けることもできません。富士泉関はそのまま葵部屋の8人乗りのクルマに乗り込み、行ってしまいました。
8人乗りのクルマが葵部屋に到着しました。尾行してきたクルマから2~3人のレポーターとカメラクルーが降りてきましたが、富士泉関に同乗していた4人の取的のスクラムに近づくことさえできません。富士泉関は建物の中に入ってしまいました。
「失礼します」
富士泉関が襖を開けました。そこは4日前富士泉関と葵親方が会談した和室です。今日は前回と同じように葵親方と、その横に横綱富士ケ峰関が座布団に座ってました。親方はちゃんと正座してますが、横綱は正座が苦しいのか、脚を大きく伸ばしてました。4日前は富士泉関用の座布団はありませんでしたが、今日はありました。
「失礼します」
と頭を下げると、富士泉関はその座布団に正座で座りました。まずは富士ケ峰関を見て、
「横綱、付き人を貸していただき、ありがとうございました」
「いいってことよ」
親方は横目で横綱に合図を送りました。
「おい、いずみに何か言うことあるんだろ」
「あ、はい」
横綱は富士泉関の眼を見ました。
「いずみ、明日からまた露払いをしてくれないか」
その発言に富士泉関はびっくりです。
「い、いいんですか?」
「やっぱ同じ部屋の力士じゃないと、力が入らんのじゃ」
「あ、ありがとうございます!」
富士泉関はまた頭を下げました。こうして2人の仲が回復しました。
翌日横綱富士ケ峰関と富士泉関は同じショーファードリムジンに乗り込みました。今日から同伴出勤再開です。
車中、富士泉関は1つの疑問を富士ケ峰関に投げかけてみました。
「横綱、場所前に親方は、この場所で優勝か準優勝しないと引退させると言ったみたいですが?」
「なんだ、お前もテレビ局のレポーターみたいなこと言うんだな」
「あは、す、すみません」
「あれは親方の口癖だよ。3場所も前から言ってるんだよ」
ええ、そうなの? あの親方も結構いい加減だなあ。富士泉関もちょっとあんぐりとしてます。横綱はさらに言葉を続けました。
「でも、今場所本当に準優勝できそうになってきたな」
そうなんです。故障した横綱朝桜関を除くと、今のところ全勝は大関銀奨関だけ。1敗はいなく、2敗に大関誉関。横綱はそれに次ぐ9勝3敗なのです。誉関とは明日か明後日の千秋楽で当たるはずです。つまり横綱が誉関に勝てば、3敗で並んで準優勝となるのです。
ただ、問題は今日対戦する銀奨関。さっきも言った通り、銀奨関はここまで全勝中。おまけに、横綱富士ケ峰関は銀奨関に一度も勝ったことがないのです。実際のところ、富士ケ峰関の準優勝は難しいと思う・・・
リムジンが会場の南門に到着しました。富士泉関がリムジンから降りると、うぉーっと歓声が上がりました。昨日の横綱朝桜関のことがあって少しは罵声が混じるのかと思いきや、余計に人気が上がってました。
が、続いて横綱富士ケ峰関が降りると、みんなびっくりです。富士泉関善、富士ケ峰関悪という図式を作ってたファンは、2人が同じクルマに乗ってて、かなり驚いたみたい。
でも、横綱富士ケ峰関も策士ですねぇ。こうやって2人が仲良くなったところをみんなに見せつけて、悪化した自分のイメージを回復させるなんて。本当なら横綱なんだから、地下駐車場に入れるのに。
2人は花道の中を胸を張って行進しました。
富士泉関にとって5日ぶりの露払い。立派な横綱と化粧廻しを装備した富士ケ峰関が、前にいる富士泉関に声をかけました。
「行くぞ!」
後ろ向きだった富士泉関が、顔だけ振り返りました。
「はい!」
いよいよ横綱土俵入りです。
横綱富士ケ峰関が入場してきました。昨日まではどこか沈んだ、たま~に罵声が飛んでいた土俵入りでしたが、今日はすべての観客が驚いてます。富士泉関が先導してるからです。ワンテンポ置いて歓声が起こりました。今日は明るい土俵入りとなりました。
二字口から横綱と、露払い役の富士桜関と太刀持ち役の力士が土俵に上がりました。いよいよ雲竜型土俵入りの開始です。柏手、四股、せりあがって、また四股。
「よいっしょーっ!」
その瞬間、観客から掛け声が飛びました。昨日まではないに等しかった掛け声が、今日は再び大きくなってました。こうして横綱土俵入りが終了しました。
富士泉関はここ4日間上位の力士と対戦してきましたが、今日は中頃の力士との対戦です。佐々丸関。7日目富士ケ峰関に勝って金星を挙げた力士です。佐々丸関は6日目までは2勝4敗でしたが、7日目横綱に勝つと勢いに乗り、それから6連勝。一気に勝ち越しを決めてました。11日目には大関誉関の11連勝を阻止してます。
身長2m10cm、体重220kgと、現役最巨人最巨漢力士。横からの攻撃には弱いんですが、7日目からは横からの攻撃に徹底的に備えてました。
いよいよ富士泉関と佐々丸関の取組です。間近で見る佐々丸関はあまりにも巨大で、身長176cmの富士泉関はちょっとびびってます。でも、こんなところでおじけづいてるわけにはいきません。
時間です。富士泉関は腰を割りました。ちょっと遅れて佐々丸関も腰を割りました。両者片手を付いて、もう片方の手も付いて、発気揚々! 残った!
今場所立会に定評のある富士泉関は、いつもより低い体勢で佐々丸関の懐に飛び込みました。そして両手とも浅く差し、右脚で内掛け。佐々丸関の左アキレス腱に富士泉関の踵が絡みつきました。が、動かないのです。佐々丸関の身体は大きすぎて、まったく動かないのです。富士泉関は焦りました。なんて重い身体なんだ・・・
富士泉関は頭と左肩を使って佐々丸関の胸を押しますが、やっぱりぜんぜん動きません。一方佐々丸関もあえて動かないようにしてます。この体勢でヘタに動いたら、相手の思う壺になってしまいます。ここは富士泉関の攻め疲れを待つ戦法です。
5秒、10秒、15秒。両者まったく動きません。さすがに富士泉関は攻め疲れてきました。でも、こんなところで負けるわけにはいけません。富士泉関の脳裏には、昨日の横綱朝桜関の言葉が響いてました。
「お前、残りの3日間全部勝て。そうすれば許してやるよ」
「うおーっ!」
富士泉関は咆哮を挙げて最後の力を振り絞りました。と、佐々丸関の太ももが眼に入りました。富士泉関は藁にもすがる思いで、左手でその太ももを掬い上げました。すると佐々丸関の身体が動いたのです。ゆっくりとゆっくりと佐々丸関の身体が倒れ始めました。そしてでーんと尻もちをついたのです。富士泉関の勝利です。場内は大きな歓声が湧きました。
決まり手の発表がありました。なんと三所攻め。これは超珍しい決まり手でした。
汗だくで富士泉関が通路を歩いてきました。ぼくはさっそく声をかけてみました。
「おめでとう、富士泉関!」
「いや~、今日は疲れたよ。今場所一番汗をかいたんじゃないかな」
「うん、じゃ、お風呂かな?」
「あは、そうだな」
富士泉関はそのままお風呂の方に行ってしまいました。