今年の安倍川花火大会は中止だそうだ。
多くの静岡市民は、この花火大会がどうやって始まったのかを知っている。
これは、戦災で亡くなった人たちへの、巨大な供養。
市長も冒頭の挨拶で必ずそのことに触れている。
明るい時間にやっている供養祭の様子など(葵区のブログ)。
隅田川の花火大会も、起源は疫病などの供養らしい。
供養祭は行うのだから、一安心、ではあるのだけれど……。
静岡まつりも、浜松まつりも、浅草も深川も、祭を中止すると言っている。
確かに“お祭り騒ぎ”をしている場合ではない、と思う。
しかし“お祭り”そのものをやめてしまうのはどうなんだろう。
やめることを決定した人たちは、祭礼が商業イベントだという認識しか持っていないんだろうか。
せめて、開催方法を工夫するとか、もう一段階が欲しい。
最近は、“地域活性化”とか、“町おこし”とかで“イベント”づくりが盛んだけれど、それらの多くは、“経済効果”、平たく言えば「いくらお金を落とさせるか」が成功の指標だったりする。
しかし、少し遡ってみたら、“まつり”は、そのまま“祈り”の形だった。
政教分離とか、宗教行事に対する様々な規制のもとで、例えば廿日会祭が静岡まつりに覆い尽くされてしまった(ホントはそんなことないです。今年も、静岡まつりは中止でも廿日会祭は勿論開催)ように、祭の“本来”の姿は見えにくくなっている。
私自身、信心深いどころか、むしろ宗教嫌いで、町内会で寺社の集金をまとめてするのには抵抗がある。
しかし、こういう素朴な“祈り”の効用を否定する気は全くない。
神がかった共同体社会の暴走を恐れるけれど、力を合わせて大きな難題を乗り越えるために“祀る”ことは確かに力になる。
静岡、長田地区では、6月に私の大好きな祇園祭がある。
これは、夏を無事に乗り越え、豊かな実りを得るための大切な祈りの祭だ。
商業主義でも何でもない、ひっそりと美しい。
せめて、祇園はやめないで欲しい。
今年は各地で花火大会が中止になるかも知れない。
そうでなくてもここ何年か、不景気で中止や規模の縮小が続いている。
花火業者や、屋台の人たちはたまったものではないだろう。
今、勿論、被災地の人たちは、生きていくことだけで精一杯だと思う。
そのために、お金も、物も、全く足りないらしい。
しかも、事態が好転するのかどうか解らない原発の問題もある。
しかし、夏になったら、日本中の、中止された花火大会の予算をかき集めて、被災した港みなとで、小規模でも良いから、花火大会を開いて欲しい。
争いのために使われた火薬を、供養のため、慰めのため、未来へ祈るために使って、花火大会はあるのだから。
東北地方太平洋沖地震に係る義援金・義援物資・ボランティアについて、静岡市の対応
23日から支援物資の受け入れを開始。
安倍川花火大会中止へ
「お祭りで騒いでいられる状況ではない」としていて、すでに関係機関には事情を説明したということです。しかし、花火前に開催している戦没者などの供養は行い、震災の被災者の供養も兼ねるということです。
多くの静岡市民は、この花火大会がどうやって始まったのかを知っている。
これは、戦災で亡くなった人たちへの、巨大な供養。
市長も冒頭の挨拶で必ずそのことに触れている。
明るい時間にやっている供養祭の様子など(葵区のブログ)。
隅田川の花火大会も、起源は疫病などの供養らしい。
供養祭は行うのだから、一安心、ではあるのだけれど……。
静岡まつりも、浜松まつりも、浅草も深川も、祭を中止すると言っている。
確かに“お祭り騒ぎ”をしている場合ではない、と思う。
しかし“お祭り”そのものをやめてしまうのはどうなんだろう。
やめることを決定した人たちは、祭礼が商業イベントだという認識しか持っていないんだろうか。
せめて、開催方法を工夫するとか、もう一段階が欲しい。
最近は、“地域活性化”とか、“町おこし”とかで“イベント”づくりが盛んだけれど、それらの多くは、“経済効果”、平たく言えば「いくらお金を落とさせるか」が成功の指標だったりする。
しかし、少し遡ってみたら、“まつり”は、そのまま“祈り”の形だった。
政教分離とか、宗教行事に対する様々な規制のもとで、例えば廿日会祭が静岡まつりに覆い尽くされてしまった(ホントはそんなことないです。今年も、静岡まつりは中止でも廿日会祭は勿論開催)ように、祭の“本来”の姿は見えにくくなっている。
私自身、信心深いどころか、むしろ宗教嫌いで、町内会で寺社の集金をまとめてするのには抵抗がある。
しかし、こういう素朴な“祈り”の効用を否定する気は全くない。
神がかった共同体社会の暴走を恐れるけれど、力を合わせて大きな難題を乗り越えるために“祀る”ことは確かに力になる。
静岡、長田地区では、6月に私の大好きな祇園祭がある。
これは、夏を無事に乗り越え、豊かな実りを得るための大切な祈りの祭だ。
商業主義でも何でもない、ひっそりと美しい。
せめて、祇園はやめないで欲しい。
今年は各地で花火大会が中止になるかも知れない。
そうでなくてもここ何年か、不景気で中止や規模の縮小が続いている。
花火業者や、屋台の人たちはたまったものではないだろう。
今、勿論、被災地の人たちは、生きていくことだけで精一杯だと思う。
そのために、お金も、物も、全く足りないらしい。
しかも、事態が好転するのかどうか解らない原発の問題もある。
しかし、夏になったら、日本中の、中止された花火大会の予算をかき集めて、被災した港みなとで、小規模でも良いから、花火大会を開いて欲しい。
争いのために使われた火薬を、供養のため、慰めのため、未来へ祈るために使って、花火大会はあるのだから。
++++追記++++
東北地方太平洋沖地震に係る義援金・義援物資・ボランティアについて、静岡市の対応
23日から支援物資の受け入れを開始。
3 県内市町村におけるイベント等について
・昨日の臨時部長会議においても申し上げましたが、今一番重要なことは経済活動をシュリンク(縮小)させないことであります。愛知の様々な経済活動をしっかりと支えていくことが不可欠であります。
・こうした観点から、本県としては、実施予定のイベント等については中止することなく、粛々と行うこととし、その際、あわせて義援金等の呼びかけを広く行うこととしております。
・また、県内市町村においても、19日からの連休などで様々なイベント等が予定されておりますが、今回の事態を受け、これらのイベント等を中止するのではなく、広く義援金等の呼びかけを行っていただく機会とするよう、県内各市町村に対して強く働きかけてまいります。このため、本日午後3時から県庁で県民事務所
等所長会議を緊急に開催し、その旨の指示・徹底を図ったところであります。
・さらに、企業や各種団体等におかれても、この趣旨をご理解いただき、広く支援活動に対応していただくようお願いする次第であります。
平成23年3月15日 愛知県知事 大村秀章
自治体によって対応も様々なのでしょうね。
「やめるかやるか」を即断するのではなく、熟慮し、工夫をする事も大事だと思っています。