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2006年7月5日、北朝鮮の金正日政権は、スカッド、ノドン、テポドン2号の弾道ミサイル計7発を日本(日本海)に向けて発射しました。当時、北朝鮮政府の指令で活動していた南北共同宣言実践連帯は「このミサイル発射はアメリカと日本の自業自得である。北朝鮮の発射体がミサイルであろうと人工衛星であろうと、これは北朝鮮の正当な自主的権利であり、アメリカと日本両国による対北朝鮮敵対政策=戦争策動に対する北朝鮮の自衛的措置である。これに国際社会がどうこう言うべき問題ではない。今回発射したミサイルのうち、韓国に向けられたものが一発でもあっただろうか。今回の北朝鮮のミサイルは一寸の誤差もなくアメリカと日本に向けられた。わが民族が力を合わせれば、われわれを揺るがす者は地球上に誰もいないのだ」との声明を出しました。そして、2006年10月9日には、北朝鮮の歴史上初めての地下核実験を行ないます。
(北朝鮮が当初開発しはじめた原発は黒鉛減速炉で、核弾頭の原料となる高純度のプルトニウムが生成されるため、アメリカ政府は北朝鮮政府に対し核開発の放棄を要求します。
しかし1993年北朝鮮は、準中距離弾道ミサイル「ノドン1」を日本海に向けて発射実験します。これは、イランと石油の取引を狙う北朝鮮が、イランに対して北朝鮮のノドンミサイルの売り込みを行うための宣伝実験といわれました。
核開発を推進してテロ国家に武力を提供する北朝鮮の動きに対してアメリカは、1994年ついに北朝鮮を爆撃攻撃して強行阻止することさえ検討し始め、ソウルでは実際に市民の大規模な避難が行われるなど、朝鮮半島では朝鮮戦争以来の戦争の危機が迫りました。
引退したジミー・カーター元アメリカ大統領は、平和主義者で核廃絶論者でした。カーターは、アメリカ政府を飛び越え1994年6月に急遽訪朝し、金日成国家主席と直接交渉にあたり、アメリカ政府の強行姿勢を牽制しました。その結果、北朝鮮は核開発を断念することと引き換えに、米朝枠組み合意でアメリカから軽水炉型原発と、重油50万キロリットルを毎年提供するという見返りが取り付けられました。しかし、1994年7月に突然、金日成は死去します。その後金正日体制のもと、飢饉で食糧危機が深刻になるなどしだいに北朝鮮は混乱を深めて行きます。そして金正日の北朝鮮は核開発断念の米朝合意を次第に反故にしていきます。
1998年北朝鮮は、準中距離弾道「テポドン1号」を日本上空に向けて発射しました。新たな多段階ミサイル技術の開発とも言われ、第一段目ロケットは日本海に、第二段目ロケットは日本上空を飛び越え太平洋に落下しました。当時は事前通告もなしに突然日本上空を通過する発射であったため、日本政府は抗議しましたが、北朝鮮側は人工衛星「光明星1号」の打ち上げだったと抗弁します。しかし、人工衛星の軌跡などはどこにも確認されませんでした。
2002年1月にアメリカのブッシュ大統領は一般教書演説において、テロ支援国家として北朝鮮を含む数カ国を「悪の枢軸」国と呼んで非難します。そして、アメリカは、9.11同時多発テロの犯人隠蔽疑惑を口実としてアフガニスタンに軍事侵攻し、タリバン・アフガニスタン政府を滅亡させます。また、アメリカは2003年3月19日、イラクに対して大量破壊兵器保有疑惑を口実として、トマホーク(コンプピュータ誘導の小型低空ミサイル)を大量使用した奇襲・先制の軍事攻撃をバクダットに実施してイラク戦争を開始します。そしてフセイン・イラク政府を滅亡させました。
悪の枢軸国とアメリカに名指しされた、北朝鮮は、アメリカの(アフガン・イラクの)次の行動の恐怖に怯えました。その結果周辺関係6カ国(米国、日本、韓国、ロシア、中国、北朝鮮)により、純度の高いプルトニウムが生成されにくい発電用原子炉を提供するという提案に合意し、いわゆる「6カ国協議」が2003年8月からスタートしました。
2005年には6カ国協議において北朝鮮の非核化の共同声明が採択されましたが、北朝鮮はIAEAの査察を拒否し続けました。そして、ついに6カ国合意を自ら破り、合意とは真逆に2005年、北朝鮮自身が公式に核兵器保有宣言をしました。この狙いは核カードによってアメリカから再度さらに有利な条件を引き出したいための北朝鮮の瀬戸際外交とも言われました。
しかし、2006年7月の日本海へのミサイル7発の発射は、南北共同宣言実践連帯が声明したようにアメリカと日本に対するあからさまな挑発でした。その背景には、2006年2月にブッシュ大統領が、再び「悪の枢軸」という表現を用いてイランと北朝鮮を批判し始めたアメリカがありました。
そして、日本は、2002年の日朝平壌宣言を反故にして、当時、拉致問題で北朝鮮への経済制裁と抗議を行っていました。北朝鮮のミサイル発射は日米安保同盟に対する、あからさまな挑戦行為であったことは現実でした。)
2009年3月には、北朝鮮の金正日政権は、国際機関に対し、事前の「通信衛星」の打ち上げだと通告して、ロケットが落下する可能性がある地点は、1段目は日本領土の日本海で、2段目は日本の先の太平洋と指定し、今度は、日本政府に直接的なミサイル発射の正式通告さえ行ないました。
1998年と同様に、それは日本列島を越して太平洋に着弾するミサイル発射計画で、一歩間違えれば、日本に着弾する可能性が強いものでした。またしても、それを人工衛星打ち上げと称して、今度は日本に直接事前通告をしたのです。
当時日本政府は、人工衛星とは認めず、日本上空をロケットが通過する際は、ミサイル防衛による迎撃を検討し、2009年3月27日には日本防衛大臣から破壊措置命令が出されました。それに対し北朝鮮は「日本が衛星を迎撃したなら日本に軍事的報復をする」とまで正式に表明しました。(言葉通りとすればそれは戦闘行為です。)
結局、2009年4月5日にミサイル発射は強行され、日本の東北地方上空を通過しましたが、日本は迎撃を行ないませんでした(上空を「通過」しても、領空侵犯に当たらない高度約百キロ以上なので迎撃しなかったのだとも日本は後に言いました。)そして、日本政府は、2009年4月8日に衆議院・参議院両院で「北朝鮮によるミサイル発射に抗議する決議」を国会可決して抗議しました。
(一方、アメリカ,韓国,ロシアは一応人工衛星の打ち上げ行為という認識を示し、それが失敗に終わったものと判断しました。しかし、日本政府が抗議したように、これは人工衛星ではなく、日本本土へのミサイル発射の戦闘的威嚇行為でした。)
そして、2009年5月25日には、北朝鮮は2006年に続き2度目の核実験を実施しました。これに対して国連は核実験と弾道ミサイルの発射を北朝鮮がこれ以上実施しないように禁じる安保理決議(1874等)を6月12日に採択しました。
2009年4月5日の「日本に打ち込まれたミサイル発射は、日本に思わぬプレゼントをもたらす結果となりましました。」それは、オバマの核なき世界というプラハ演説でした。
アメリカでイラク撤退等を公約し、アメリカで初めての黒人系からの大統領となったバラク・オバマは、2009年4月5日のミサイル発射強行の日、プラハにいました。
「米国は、核兵器保有国として、そして核兵器を使用したことのある唯一の核保有国として、行動する道義的責任が合衆国にはある。as the only nuclear power to have used a nuclear weapon, the United States has a moral responsibility to act.米国だけではうまくいかないが、米国は指導的役割を果たすことができる。今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。しかし我々は今、世界は変わることができないと我々に語りかける声を無視しなければならない。まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。・・・・「今朝、この脅威に対して新しくもっと厳しいアプローチがなぜ必要かということを思い知らされました。北朝鮮が長距離弾道ミサイルに使うことができるロケットを発射したことで、またルールを破ったからです。」・・・。
我々が平和を追求しなければ、平和を攫むことなど永久にできない。希望でなく恐怖を選んだときの道は判っている。協力を求める声を批判し、あるいは無視することは容易なことであるが、卑劣なことでもある。戦争というものは、そのようにして始まるのである。人類の進歩は、そこで終わってしまうのである。
我々の世界には、立ち向かわなければならない暴力と不正義がある。それに対し、我々は分裂によってではなく、自由な国々、自由な人々として共に立ち向かわなければならない。私は、武器に訴えようとする呼びかけが、それを置く呼びかけよりも、人びとの気持ちを沸き立たせることを知っている。しかしだからこそ、平和と進歩の声は一緒に上げなければいけないのです。その声こそが、今なおプラハの通りにこだましているものだ。それは68年の(プラハの春の)亡霊であり、ビロード革命の歓喜の声だ。
それは核武装した帝国を一発の銃弾も撃つことなく倒すのに貢献したチェコ人たちでした。人類の運命は我々自身が作る。ここプラハで、よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。我々の分断に橋をかけ、我々の希望に基づいて建設し、世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。一緒にやれば我々にはできるはずだ。・・。」(共産党政権下で起こった自由化改革運動1968年「プラハの春」が、ソビエト連邦を中心としたワルシャワ条約機構の軍事介入で潰された経験を持つチェコスロバキアは、1989年の中国天安門事件の半年後に起こったゼネストで、チェコ共産党政権が複数政党制の導入と自由選挙を実施しますが、その結果ハヴェル大統領の非共産党系による新チエコ政権が発足したビロード革命を称えたオバマのチェコのプラハ演説でしたが、その当日の朝に起こった北朝鮮のミサイル発射事件にも言及して、核兵器のない世界平和の追求を明言したのです。)
演説直前に北朝鮮の日本に向けてのミサイル発射強行の情報に直面し、まるで背中を押されたかのように演説した、オバマ大統領は、核兵器を日本に使用した世界唯一の核兵器使用国=アメリカの道義的責任をアメリカ大統領として史上始めて表明しただけでなく、「米国は核兵器のない世界を目指す」と明確な主張をしました。それは、80年代にレーガン大統領が提唱した「あらゆる核兵器の廃絶」以来の言葉で、アフガン・イラクに侵攻して行ったアメリカの指導者にはしばらく忘れられていた言葉でした。オバマ大統領の「核なき世界」へのその後の具体的行動は、アメリカの国内事情の下で、沈黙してしまいますが、このプラハ演説は、核廃絶の声明が核兵器を史上唯一使用したアメリカの道義的責任によって宣言された画期的なものであるとして被曝国日本の関係者や世界中の平和主義者に、一斉に大歓迎されただけでなく、その年のノーベル授与をオバマにもたらしました。かつてマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが受賞したノーベル平和賞でした。オバマ大統領のノーベル平和賞には、アメリカ国民は困惑さえしましたが、それとは対照的に、日本国民は素直に心から受賞を喜びました。
金正日の北朝鮮は、このオバマ演説にも真っ向から挑戦し、その翌月に北朝鮮としては第2回目となる核実験を強行実施していったのでした。
今回、金正恩政権に代わった北朝鮮は故金日成主席の生誕100周年を記念し「人工衛星」の打ち上げを発表しましたが、今回の状況は前回とは全く違っていました。発射場所は、日本海側ではなく、中国よりの北朝鮮の北西部、平安北道鉄山郡の西海衛星発射場(東倉里ミサイル試験場)に新設された「衛星発射場」なのです。来月12日から16日までの発射で、ロケットの1段目は韓国南西部の沖合の黄海に、2段目はフィリピンの東の沖合の太平洋に落下を予定すると、国際機関に事前通報を行ないました。前回、前々回のように、間接的にせよ日本を標的とした威嚇や戦争挑発行為が主目的ではなく、今回は金正恩政権を故金日成主席の生誕100周年記念にあわせ国内に示威表示するパーホーマンスが主目的のようです。米朝合意が成功しアメリカ側は北朝鮮に24万トン分の栄養補助食品を提供するための準備を進めている最中でもあったのです。
しかし、日本らの行動は金正恩政権を追い込んでしまったようです。玄葉外務大臣は、アメリカ、韓国をはじめ、中国やロシアとも連携し、打ち上げの自制を求めていく考えを強調し、国連安保理の決議違反だと主張しました。日本は今回の打ち上げも、前回同様、人工衛星とは認めず、アメリカと国連にいち早く働きかけたのでした。
米国務省のヌーランド報道官は3月16日記者会見で、北朝鮮の核問題を巡る6者協議の参加国が自制を働きかけることで一致したと明らかにしました。打ち上げに踏み切れば2月の米朝合意を破棄したとみなし、アメリカからの食糧援助は難しいとも警告しました。ロシアのラブロフ外相も懸念を表明しました。
国連安全保障理事会(安保理)は3月16日に緊急協議して、人工衛星かどうかの調査もせず、「弾道ミサイルを利用したすべての発射」を禁止した国連安保理決議1874号違反に該当すると、日本の主張どおりに、いち早い認定を今回は下しました。
日本の野田政権は、今回は可能性は低いが、「沖縄県など南西諸島上空を通過する可能性も排除されない」として3月19日、沖縄県に地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)やイージス艦を配備して、沖縄などを通過した際には、迎撃の軍事行動を展開する方向で調整に入りました。PAC3は宮古島を軸に検討していると言われます。田中直紀防衛相は参院予算委員会で、自衛隊に破壊措置命令を出すことを検討する考えを示しました。
韓国政府も外交・安全保障関係閣僚会議を開き、北朝鮮の「衛星打ち上げ」について「重大な挑発」と位置づけを行いました。
しかし、このような日米韓の動きに対して、追い込まれた北朝鮮は「自主権を侵害する卑劣な行為だ」だと猛烈に反発してしまいます。そして、予定どおりに発射する姿勢をいっそう強調しました。韓国の「イ・ミョンバク一味が打ち上げを邪魔するのなら、それは大きな挑発であり、わが軍隊と人民の強力な対応を呼び起こす」と軍事行動までほのめかすに至ります。追い込まれると、そのプライドのために「窮鼠猫をかむ」ように暴走するこの国の性格は、政権が親から子に変わっても本質は変わっていませんでした。
中国は3月に入り、北朝鮮の金正恩体制の安定のために、過去最大となる6億元(約80億円)規模の無償援助を開始しているとの情報が、東亜日報に報じられています。北朝鮮は食糧を最優先に中国に要求し、その規模は最大20万トンで1994年の金日成主席死去の際に中国が無償援助したとされる食糧の2倍にのぼると言われています。北朝鮮は食糧に加え、肥料や建築資材の援助も中国に求めていますが、とりあえず4月15日の金日成主席生誕100周年を盛大に祝うメドは既についていると言われます。
日米韓の意向を受けて、中国は2006年、2009年当時とは違い、今回は、北朝鮮にかなり強硬な立場も見せています。駐中北朝鮮大使を呼びつけ、「冷静を維持し、より複雑な状況になることを避けなければならない」と強調し、3月19日の報道では中国と北朝鮮の当局者は、5日間で2回の協議を行ない、中国当局から発射中止に対して圧力を強めているといわれます。
しかし一方で、中国の「環球時報」3月19日付社説には、悲観的な記事が載せられています。
「北朝鮮はなぜ、国民が困難な状況にある中で空腹を満たせない戦略兵器の発展に大量の資源を投じるのか。なぜ他国を不快にさせ非難があっても動じないのか。日米韓はこれらを真剣に考えるべきである。」・・・。
「北朝鮮は自国が安全でないと感じ、外国軍の侵入や干渉を心配しており、核兵器や弾道ミサイルはそれらの外国の野心を脅かすのにもっとも効果的だと思っているからだ。そのため、日米韓が北朝鮮に安心感を与えなければ、北朝鮮は「反恐喝」に出るだろう。」・・・。
「北朝鮮は閉ざされており、アジアの繁栄と関係ない。外部がどれだけ非難しても北朝鮮は聞こえないふりをすることができる。すでに制裁を受けている北朝鮮は、これ以上何かを失う心配をする必要がなく、外部がどう見ているかなど興味はない。」
「中国が北朝鮮をなだめることができない最大の理由は、中国が日米韓をなだめられないことだ。北朝鮮の態度は実は日米韓の態度の鏡ともいえる。」・・・。
「朝鮮半島問題をもっとも悪く見た場合、中国の現在の立場は、全面的な戦争が勃発した際に最初に脅威を受ける対象から外れることを意図している。巻き込まれるかどうか、中国はある程度の主導権はある。」しかし「朝鮮半島問題はあまりに複雑で、中国のコントロールできる能力をはるかに超えている。」・・・。
「日米韓が満足する北朝鮮をつくる能力など中国にないが、高い信頼を利用して北朝鮮の指導者にもっとも緊迫し、苦しい状況になるのは実は北朝鮮政府と国民である。」「北朝鮮は思想を解放し、国の発展に向けてバランスをとる必要がある」と事実を中国は北朝鮮に伝えなければならない。・・・。
日本の対応は、失うものはプライドしかない北朝鮮を追い込んでしまったようです。アメリカも韓国も、中国さえも、もうその暴走(ミサイル発射)を止めることはできないようです。