kayoのうちは居酒屋だった。
じいさまが経営者でおばさん(父の姉)がママだった。
『おでん焼き鳥 加代』って看板かかげてて
繁華街とはいえ、はずれの方にあった。
普通の民家もある当時のちょっとした商店街っぽい所に『居酒屋 加代』はあったの
毎日毎日 わいわいがやがや
そんな感じでした。
カラオケもあったから・・・けっこう近所迷惑な家だったのだろう
そしてkayoの部屋はそんな居酒屋の真上にあった。
カラオケの騒音の中寝るのは慣れっこだったけど、それ以上に
お店の終了間際なると…
ガチャーン!! ガチャガチャーン!!!
「てめーこのやろー!!」 やるがー
なんて
毎日のように喧嘩
お客さんが暴れるときもあれば、おばさんが喧嘩するときもあり
終いにじい様が大暴れのときと
ほんと毎日がそんな感じでした
小さい時は何となく喧嘩なりそうな雰囲気がわくわくしてた気がする血が騒ぐ 祭りだし
でも中高くらいなるといい加減にしてくれって感じで
朝起きると冷蔵庫倒れてるわ、血がついてるわで
今日、なんでそんなこと思い出したかって言うと…
さっきテレビ見てたらとんねるずやってて、
で、昔『居酒屋 加代』にきてたトルコ嬢(今はソープ嬢)
けっこううちのお客さんはいわくつきの人かそんなとこで働いているお客さんが多かった
そのトルコ嬢が「昨日とんね○ずのノリ○ケが来てたわよー」って話してたの思い出した
もう25年位前のことだからホント売れはじめの時だったんだなー。
その時はノリ○ケっては言わずとんね○ずの大きい方じゃないほうが来てた的な言い方してた。
kayoは18歳の高校卒業するまではこの居酒屋加代とともに暮らしていた。
今考えるといろんなことがあったー
ん、結構ネタの尽きない居酒屋時代
ノンフィクションでたまーに綴っていこっと
カテゴリー増やすのでよろしくです
じいさまが経営者でおばさん(父の姉)がママだった。
『おでん焼き鳥 加代』って看板かかげてて
繁華街とはいえ、はずれの方にあった。
普通の民家もある当時のちょっとした商店街っぽい所に『居酒屋 加代』はあったの
毎日毎日 わいわいがやがや
そんな感じでした。
カラオケもあったから・・・けっこう近所迷惑な家だったのだろう
そしてkayoの部屋はそんな居酒屋の真上にあった。
カラオケの騒音の中寝るのは慣れっこだったけど、それ以上に
お店の終了間際なると…
ガチャーン!! ガチャガチャーン!!!
「てめーこのやろー!!」 やるがー
なんて
毎日のように喧嘩
お客さんが暴れるときもあれば、おばさんが喧嘩するときもあり
終いにじい様が大暴れのときと
ほんと毎日がそんな感じでした
小さい時は何となく喧嘩なりそうな雰囲気がわくわくしてた気がする血が騒ぐ 祭りだし
でも中高くらいなるといい加減にしてくれって感じで
朝起きると冷蔵庫倒れてるわ、血がついてるわで
今日、なんでそんなこと思い出したかって言うと…
さっきテレビ見てたらとんねるずやってて、
で、昔『居酒屋 加代』にきてたトルコ嬢(今はソープ嬢)
けっこううちのお客さんはいわくつきの人かそんなとこで働いているお客さんが多かった
そのトルコ嬢が「昨日とんね○ずのノリ○ケが来てたわよー」って話してたの思い出した
もう25年位前のことだからホント売れはじめの時だったんだなー。
その時はノリ○ケっては言わずとんね○ずの大きい方じゃないほうが来てた的な言い方してた。
kayoは18歳の高校卒業するまではこの居酒屋加代とともに暮らしていた。
今考えるといろんなことがあったー
ん、結構ネタの尽きない居酒屋時代
ノンフィクションでたまーに綴っていこっと
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