※ネタバレをなるべくしないように書きますが、ネタバレを好まない方はこの先をお読みになりませんように。
かなり血なまぐさいシーンから始まり、血なまぐさいシーンで締めくくりました。
三谷幸喜さん脚本の「真田丸」では、「ナレ死」という登場人物の死をナレーションだけで表現することが注目されました。
今回は近年のテレビドラマではなかなか表現されなかった血しぶきが飛び交う刺激強めでした。
そして私が2週間前に訪れた石橋山付近や酒匂川(さかわがわ)河口近くの様子も登場しました。
やっぱりドラマでも描ききれなかったな、と思うのは石橋山の合戦風景です。
大庭軍3,000騎対頼朝軍300騎とのナレーションがありましたが、それだけの騎馬があったようにはドラマでも見えませんでした。
ドラマでの地形と杉林の風景はまさに私が想像していたような感じでした。
でも戦闘への参戦者はやはりドラマの人数さえもちょいと多すぎると感じました。
合戦シーンでは開けた平地が出てきましたが、実際の地形では佐奈田神社の駐車場が相当しそうです。
でも当時は存在しなかつた神社ですから、平地での合戦となると、現在のJR早川駅付近か、早川(河川名)の河川敷になるのでは?と思います。
相手方に力で押されて現在の石橋山古戦場まで引いてきたか、頼朝軍の陣屋だったんじゃあないか、JR早川駅と石橋山古戦場は徒歩30分くらいの距離ですから、やはりちょいと違和感があるからな、と思うのです。
じつはこれは一ノ谷の戦いと鵯越(ひよどりこえ)の逆落としの場所が離れすぎているという旧来からの指摘もあることと似ているな、と思っています。
ドラマの中では三浦軍が酒匂川の増水で川を渡れないシーンがあるのですが、早川は増水しなかったのか?という点も気になります。
早川は、今のJR小田原駅と早川駅の間にあって、早川駅の近くを流れています。
川こそ大きくないものの、箱根山麓からかき集めた雨水が相模湾に注ぐことを考えると、増水はしやすいはずなんだけれど。
実際に地形を見てきた場所だけに、双方の騎馬数は軍記物の10分の1くらいで、合戦はもっと山の中っぽいところだったンじゃあないか、と感じています。
それと今の植生は杉林なのですが、これは植林による感じだったので当時が杉林だったのかはちょいと疑問にも思いました。
伊豆半島って、元は南国の島が日本列島にぶつかってできた半島だけあって、私にはちょいと植生が南国っぽく感じるのです。
あまり人の手が入っていないところは照葉樹が多いからです。
杉林なのは関東地方での材木需要が多くなった戦国時代末期ころからと考えると、多くは椿とかツツジだったンじゃあないか、と思っています。
というのも、椿やツツジは伊豆半島のような火山灰の風化による酸性土壌でも元気に育ちます。
今ある風景がそのまま源平合戦の時代には合わないと思うものの、杉林の合戦にしなくても良かったかもなぁ、と感じました。
それにしても坂東武者の荒っぽいこと。
生き残りをかけてすぐに相手を裏切っちゃうのか、という感覚は、江戸時代を経ている現代人には「武士道は?」と思ってしまいがち。
でも、武士という身分ができてまだ100年程の時代では、武士道なんて存在しないものですね。
それと弓矢ってすごいな、と思いました。
頼朝が弓矢を接近戦で使用するシーンは、私は予想していなかった使い方だったのでビックリしました。
この時代の戦闘シーンを見慣れていない私には、視覚的になって初めて気がつく所作がたくさんあるのだと気づかされました。
さて、今回、やっと気がついたのですが八重さんはとても重要なキーパーソンじゃあないか、ということ。
いや、前回も彼女がいなければ源平合戦が始まらなかったとも言えるのですが。
それと3週連続更級六兵衛はありなのか?問題です。来週も登場しちゃうのでしょうか?
そしてポンコツ兄ちゃんは、じつは壮大な青写真を描いていてその青写真を実物にしていったのが、義時だったんじゃあない?って。
ずっとポンコツ兄ちゃんと思っていたけれど、彼がいなかったら義時は郷里にこぢんまり収まっていたのかも、と思わずにはいられません。
次回も放映が楽しみです。