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4/6~6/30まで開催されています大三島美術館の万福寺襖絵展の垂れ幕が掛けられました。横230㌢に縦300㌢の大き
いものです。桜絵の幹部分がどっしりとレイアウトされています。
4/27(土)午前10時より中島千波画伯がお越になられて美術トークが行われます。若院もお相手をさせていただくことに
なっています。是非、足をお運びください。
4枚の襖が初めて並んだ「春季枝垂れ桜」の迫力に圧倒されるはずです。
4/21(日)坂出市林田町の西招寺(さいちょうじ)で親鸞聖人750回大遠忌法要、西招寺修復事業完成、21世住職継職
奉告の慶讃法要が厳修されました。21世を継職したのは万福寺の次男恵真です。
数日前からの週間天気予報では「雨のち曇り」となっていましたので心配していましたが、冬のような寒気ではありましたが雨
は上がってくれて有難いことでした。130人位のお稚児さんの行列がありましたから先ず以ってめでたしです。
西招寺さんのご門徒さんの熱い思いを強く感じる法要でした。これからの新住職恵真の責任は重いものがあります。
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西招寺ご本尊 修復された四幅のご絵伝 法要の境内
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法要前にお稚児さんたちの集合写真、2月に生まれた弥音香(みねか)も参加
稚児行列は山門をくぐって境内へ、最後に新住職と坊守が、
内陣のよもつひろさか春灯 片山千鶴
遠回る稚児行列や麦の秋 浅野明慧
奉告の慶讃法要が厳修されました。21世を継職したのは万福寺の次男恵真です。
数日前からの週間天気予報では「雨のち曇り」となっていましたので心配していましたが、冬のような寒気ではありましたが雨
は上がってくれて有難いことでした。130人位のお稚児さんの行列がありましたから先ず以ってめでたしです。
西招寺さんのご門徒さんの熱い思いを強く感じる法要でした。これからの新住職恵真の責任は重いものがあります。
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西招寺ご本尊 修復された四幅のご絵伝 法要の境内
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法要前にお稚児さんたちの集合写真、2月に生まれた弥音香(みねか)も参加
稚児行列は山門をくぐって境内へ、最後に新住職と坊守が、
内陣のよもつひろさか春灯 片山千鶴
遠回る稚児行列や麦の秋 浅野明慧
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4/17(水)午前10時からの永代経法要、納骨堂合同法要でご法座は満座となりました。
遠く島根江津市よりご出講下さった波北(はぎた)先生は当院若院と龍大で同期で友人です。しかし、波北先生のお祖母さんは
私の亡母と戦時中の頃より手紙のやり取りをする知り合いでした。波北先生のご両親は私の大学時代のサークル(宗教教育部)の
大先輩であります。でもお祖母さまも御両親も今はもうお浄土にご往生の由です。このような古くからのご因縁を想いつつ有難く
聴聞させていただきました。
今は亡きお母さまが「今が救われているから未来も救われるのです」とのお味わいのご講話は殊に身に沁みるものがありまし
た。
法要後、2,3の方と庭を散策しました。1日々々、庭の風景が変わって行っています。
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霧島躑躅が咲き始め、 その下に岩八手(いわやつで)が咲き揃っていました。今年は6輪の唐椿が真っ赤に開いています。
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もう25年くらい前になりますか、屋久島石楠花の苗が3本手に入って植えたのでしたが毎年綺麗な淡い色の花を咲かせてく
れます。石楠花は4~500㍍以上の地に生育しているのですが、よく枯れずにいてくれると嬉しく感じています。
親戚に滅法園芸に詳しい人が居て(今は故人ですが)「石楠花」は山地で冬は雪に覆われていて荒風に当たるのを嫌うので風
が当たらないようにしてやることが必要です。と話していたのを思い起こします。拙寺に植えている場所は偶然ながらそのような
好条件であるのかも知れません、綺麗な花を咲かせてくれます。
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釈迦ヶ嶽の石楠花
朝、起床し本堂にお参りして朝食をとりながらフト気付きました今日は4月8日濯仏会(花まつり)の正当の日であることに、
そうだ今日は午前中は予定がないから玉川町釈迦ヶ嶽釈迦堂の花まつりにお参りして来ようと思い立ちました。午後からは大阪か
ら旧友のA.N君が来山の予定となっていますからそれまでに行って来れるだろうと仕度をして飛び出しました。
玉川町の釈迦ヶ嶽山頂(海抜400㍍)に釈迦堂があってその堂内に重文指定の釈迦如来立像が安置保存されています。この釈
迦像は鎌倉期文永5年(1268)年大仏師薩摩法橋興慶によるものであることが胎内墨書銘によって知られています。この釈迦
像の注目されるのはこの像の原型は京都嵯峨野清涼寺(釈迦堂)の釈迦等身の像で、その模刻である点です。
この玉川町の清涼寺式釈迦像のご開帳は年に1回4月8日の灌仏会だけなのです。マイカー、アクアを走らせて玉川町桂まで行
き、普通車では難しそうな道なので車は登山口に置いて登ることにしました。釈迦堂まで14丁とありました。山道を14丁は午
前中に大三島まで帰るのは難しいかも知れないと思いながら少し歩くピッチを上げて汗をかきかき登りました。
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往古この山には宝藏寺と云う寺院が営まれていて他に6ヶ寺があって、都合7宝寺と呼ばれていたのです。今はその4ヶ寺が山
を下って営まれていて桂集落にある現在は曹洞宗の宝藏寺さんがこの釈迦堂を管理されています。
山頂の釈迦堂では宝蔵寺さんのご住職、若院、檀家のご婦人らが参拝者の接遇に当たっておられました。
堂内に設置されている花御堂に甘茶をかけてお参りをして、正面の開扉されている厨子内にお立ちの釈迦尊像をお参りさせてい
ただきました。初めて拝観させていただいたことです。
ご住職にお許しを得てお像の御足そしてお衣の裳裾彫刻をカメラに撮らせていただきました。水の流れるようなお衣の襞模様が
清涼寺式釈迦像の特徴がよく覗えます。鎌倉時代の同じ時代の清涼寺様式釈迦像が現在3体伝わっていてその1体が玉川の釈迦
像なのです。(嵯峨野清涼寺の釈迦像は永観元年(983)~永延元年(987)宋に渡り修学、巡礼した東大寺の僧然が巡礼
中に拝したインド伝来と云う釈迦立像に感激し、それを模刻させて日本に迎えた釈迦像です。 然ちょうねん)
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釈迦像の裳裾 衣紋
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四田観水筆 蓮華と牡丹
釈迦堂を辞する時御堂の入り口の左右に開かれている扉に左に蓮、右は牡丹の花が描かれているのが目に止まりました。素晴ら
しい絵なのでこれはどなたが画かれたのですか、とお尋ねしますと「四田観水です」と応えられたのには驚きました。2年前にこ
のブログで四田観水画伯のことを紹介したことがあって驚いたのです。このような新たな発見もあって今日の「思い立ち」は実り
の多いものとなりました。
帰りは来た道を小走りに下って、見事正午過ぎには帰山できて、大阪からの旧友A.Nさん夫妻を迎えることができました。
いささか両足の関節が笑っています。