土曜日に五木村行ってきました
ルートは幾つかあるんですが、今回はR445のルートで行きます
美里町から行ったんですが、どんどん道が細くなるなーっと思ったら、これ
これ
これ
おい!仮にも国道だろ!
こんなんありかよ!
バイクだから良いけど、車だったら間違いなく対向とすれ違えない…
途中、湧き水ポイントがありました
他にポストも
いや、ポストがあるのは決しておかしな事ではないのかもしれませんが、
この辺りにある家は、奥にある一軒だけなんですよね
この建物も廃屋っぽいし、いったい誰が使うのか
また、梅の木轟公園なんて公園もあったので寄ってみました
これはそこに至る吊り橋なんですが、橋から見る風景もなかなか乙なものでした
そしてこれが梅の木轟です
滝も立派ですが、何より水が綺麗なんですよ
あ!ちなみになんで梅の木『滝』ではなく『轟』というかというと、
何かこっちの方では理由があって滝ではなく轟っていうらしいです←何の役にも立たない(笑)
そんな寄り道をしながらやってきたのはここ!
『五家荘平家の里』
ここ五家荘は壇ノ浦で敗れた平家の残党が逃れてきた場所で、まぁ成り立ちが成り立ち上ひっそりと生活していたそうです
暫くはそんな生活でしたが、時が経つにつれ里の規模や人口が多くなり色々と不自由が生じてきた為に、
1394年当地を支配下に治めていた阿蘇氏と同盟を結ぶ事になります
そしてそれがこの里が歴史の表舞台に出てくる切っ掛けとなります
途中の道通ったらわかりますが現代でもけっこう険しい道なので、これは言われないと分からないですよ
施設
1枚目は資料館で、2枚目は里の守り神鬼山御前、3枚目は施設内にある平清盛の木像です
帰りはr159を通ってR445に戻ります
合流地点に達するとこういった状況になってました
手前のr159樅木ってなっている方から来て、R445人吉・五木となっている(バイクの向きの)方に行きたいのですが、
その方はバリケード封鎖されており行けなくなっています
徒歩ならいけるので入ってみましたら以下の通りです
あぁこりゃあダメだ…
でも、看板が存在していたんで記念に(上の写真の右側の鉄棒がその看板)
まぁそんなこんなで五木村宮園地区にきました
ここには大イチョウがあり、それが有名らしいです
その対面には釈迦堂があります
そしてその奥には阿蘇神社もあります
R445を南下します
やってきたのは五木村中心部
こういった街道風景なんか好きです
R20を利用した時に必ず休憩した山梨の鳥沢の風景を思い出します
ここには『五木阿蘇神社』があります
ここは合祀して出来た神社なんですが、前身は東俣・西俣大明神となっており、大同年間創建との事だそうです
また、歴代相良藩主の崇敬も篤かったとか
時代は流れ、平成16年川辺川ダムが建造されるにあたり、当地が水没予定地だった事から、
東俣・西俣両阿蘇神社他、清楽の白木神社の3社を合祀して現在の形に至ったそうです
R445を更に南に下り、トンネルを4つ抜けた先に神社があります
『霧島神社』
更に南下しよくわからない道を進んだら瀬目という集落があるのですが、
そこにある『瀬目八坂神社』
勧請は嘉慶二年(1388年)で、安産や農作物、水神との関りがある神社だそうです
ここからは元来た道を戻り、r25で八代方面に抜けますが、途中公園があったので寄ります
白滝公園
本当に恐ろしいくらい水が透き通っていて、めっちゃ綺麗です
木の麓付近に神社があります
『白滝阿蘇神社』
公園の奥には小規模ながらも鍾乳洞があります
以上、清流の街『五木村』でした
FOMAとか懐かしい…
ルートは幾つかあるんですが、今回はR445のルートで行きます
美里町から行ったんですが、どんどん道が細くなるなーっと思ったら、これ
これ
これ
おい!仮にも国道だろ!
こんなんありかよ!
バイクだから良いけど、車だったら間違いなく対向とすれ違えない…
途中、湧き水ポイントがありました
他にポストも
いや、ポストがあるのは決しておかしな事ではないのかもしれませんが、
この辺りにある家は、奥にある一軒だけなんですよね
この建物も廃屋っぽいし、いったい誰が使うのか
また、梅の木轟公園なんて公園もあったので寄ってみました
これはそこに至る吊り橋なんですが、橋から見る風景もなかなか乙なものでした
そしてこれが梅の木轟です
滝も立派ですが、何より水が綺麗なんですよ
あ!ちなみになんで梅の木『滝』ではなく『轟』というかというと、
何かこっちの方では理由があって滝ではなく轟っていうらしいです←何の役にも立たない(笑)
そんな寄り道をしながらやってきたのはここ!
『五家荘平家の里』
ここ五家荘は壇ノ浦で敗れた平家の残党が逃れてきた場所で、まぁ成り立ちが成り立ち上ひっそりと生活していたそうです
暫くはそんな生活でしたが、時が経つにつれ里の規模や人口が多くなり色々と不自由が生じてきた為に、
1394年当地を支配下に治めていた阿蘇氏と同盟を結ぶ事になります
そしてそれがこの里が歴史の表舞台に出てくる切っ掛けとなります
途中の道通ったらわかりますが現代でもけっこう険しい道なので、これは言われないと分からないですよ
施設
1枚目は資料館で、2枚目は里の守り神鬼山御前、3枚目は施設内にある平清盛の木像です
帰りはr159を通ってR445に戻ります
合流地点に達するとこういった状況になってました
手前のr159樅木ってなっている方から来て、R445人吉・五木となっている(バイクの向きの)方に行きたいのですが、
その方はバリケード封鎖されており行けなくなっています
徒歩ならいけるので入ってみましたら以下の通りです
あぁこりゃあダメだ…
でも、看板が存在していたんで記念に(上の写真の右側の鉄棒がその看板)
まぁそんなこんなで五木村宮園地区にきました
ここには大イチョウがあり、それが有名らしいです
その対面には釈迦堂があります
そしてその奥には阿蘇神社もあります
R445を南下します
やってきたのは五木村中心部
こういった街道風景なんか好きです
R20を利用した時に必ず休憩した山梨の鳥沢の風景を思い出します
ここには『五木阿蘇神社』があります
ここは合祀して出来た神社なんですが、前身は東俣・西俣大明神となっており、大同年間創建との事だそうです
また、歴代相良藩主の崇敬も篤かったとか
時代は流れ、平成16年川辺川ダムが建造されるにあたり、当地が水没予定地だった事から、
東俣・西俣両阿蘇神社他、清楽の白木神社の3社を合祀して現在の形に至ったそうです
R445を更に南に下り、トンネルを4つ抜けた先に神社があります
『霧島神社』
更に南下しよくわからない道を進んだら瀬目という集落があるのですが、
そこにある『瀬目八坂神社』
勧請は嘉慶二年(1388年)で、安産や農作物、水神との関りがある神社だそうです
ここからは元来た道を戻り、r25で八代方面に抜けますが、途中公園があったので寄ります
白滝公園
本当に恐ろしいくらい水が透き通っていて、めっちゃ綺麗です
木の麓付近に神社があります
『白滝阿蘇神社』
公園の奥には小規模ながらも鍾乳洞があります
以上、清流の街『五木村』でした
FOMAとか懐かしい…