サラ☆の物語な毎日とハル文庫

ハル文庫のクリスマス・ブック~『飛ぶ教室』

 

『飛ぶ教室』はクリスマスの物語です。それはもう間違いありません。

作者のケストナーがまえがきで宣言しているし、実際、クリスマス休暇前の4日間の出来事が語られます。

 

その4日間に起きたことといったら…。

登場するのは、ヨハン・ジギスムント高等中学校の寄宿舎で学ぶ5人の元気な男の子たち、マルチン、ヨーニー、マチアス、ウリー、ゼバスチアン。

彼らが繰り広げる、勇ましくも楽しく、心に沁みて、

でも子どもだからといって人生の痛さや哀しみがないわけじゃない

──という物語です。

 

二人の頼もしい大人が出てきます。

少年たちは、心からこの二人を尊敬し、慕っています。

一人は舎監のベク先生。少年たちから正義先生とも呼ばれています。

なにしろ生徒たちにたいする最大の脅しは、

「いわれたとおりにしなければ、2週間の間、生徒たちのあいさつを受け付けない」というもの。

あれ、それで脅しになるのかな?

ところがてきめん効果があったというのです。

なかなかの人物です。

 

もう一人の大人は禁煙先生。

学校のすぐ近くの菜園に、国鉄から払い受けた2等客車持ち込み、一人で暮らしています。

少年たちは、折あるごとにこっそりと、禁煙先生を訪ねます。

なぜ禁煙先生かというと、その客車が禁煙車で、禁煙のプレートが付いたままだから。

 

この二人の大人は、じつはヨハン・ジギスムント高等中学で学んでいたころからの親友でした。

二人の再会は心に沁みるし、大人は決して子供のころを忘れてはいないことがわかります。

 

物語は、ヨーニーが脚本を書いた『飛ぶ教室』という劇の練習をするシーンから始まります。

(ちなみに、『飛ぶ教室』は五幕ものの芝居。地理の現地授業のために生徒たちが飛行機で移動するのですが、

行き先はイタリア、エジプト、北極、そして天国という、なかなかユニークで面白い話です。

いろいろとあったものの、全校生徒が集まるクリスマスのお祝いで無事上演され、大成功を収めました。)

 

ところで、劇の練習をはじめてまもなく、体育館に一人の生徒が駆け込んできました。

そして、マルチンたちに「クラスメートが捕虜となり、みんなの書き取り帳が奪われた」と訴えます。

実業学校生徒たちとの因縁の戦いは、先輩たちから延々と引き継がれています。

(どこの国も同じですね。)

 

さっそく決戦。お互いに20人ほどの生徒たちが、雪の積もる光景のなかで戦います。

マルチンたちはいかに戦いを進め、いかに捕虜の生徒を奪還したのか。

読み手は前のめりになってページをめくっていくのです。

 

そのほかにも、いろんなことが起こります。

なぜウリーは、校庭の高い運動用具から傘をさして飛び降りたのか?

結局足を骨折して、冬休みは学校で過ごすはめになったけれど、得たものは大きかったようで…。

またマルチンは、なぜベッドの中で夢を見ながら、「涙は厳禁!」とつぶやきつづけるのか?

 

マルチンが悲しむのは、旅費がなくて家に帰れないことがわかったからです。

お父さんが失業中で、両親はどうしてもマルチンに旅費を送ることができませんでした。

ヨーニーが寮に残るのは、養い親の船長が外国航路に出ていて、ドイツにいないから。

ウリーが飛び降りることで勇気を示そうとしたのは、意気地なしとからかわれ、イジメを受けたから…、

全編透き通った明るいトーンの物語ですが、子どもにも子どもの悲しみがあり、その重さは大人と変わらないことを教えてくれます。

 

そしてもちろん、物語は、悲しい涙で終わるわけはありません。

 

マルチンはハガキに「クリスマスの天使、名前はべク」というタイトルの絵を描き、

クリスマス休暇の最初の日にべク先生のもとに届くよう、故郷の夜間ポストに投函しました。

 

この本を閉じるとき、親子や友人たちのあたたかい、疑いようもない心の結びつきに感動して、泣いてしまうこともあると思います。

子どもより、大人の心にもっと深く響くのではないでしょうか。

人生をたくさん経験しているだけに。

 

 

さて、最後にこの物語にクリスマスの雰囲気を濃厚に取り込んでいる、あるものについて触れておきたいと思います。 

それは、クリスマス・ツリー!!

「クリスマス・ツリーを飾るのは、ドイツ生れのクリスマスの風習」というのは事前学習で知っていたけれど、

これほど密着しているとは、ちょっとびっくりです。

 

手元にある『飛ぶ教室』は230ページのボリュームの本ですが、その中でクリスマス・ツリーについての描写は、

部屋に飾ったもみの木の枝まで勘定に入れるとしたら、

同じシーンではあっても「またクリスマス・ツリーの話に戻るのか」という場合も、つどつど数に入れるとしたら、

19回も出てくるのです。

それ、多いと思います。

全編、クリスマス・ツリーが通奏低音のように挟み込まれている!

 

ドイツでは、クリスマスは家族とともに(あるいは大切な人と)、クリスマス・ツリーの下でお祝いするものなのでしょう。

この本はいろんな意味で、クリスマスにとっぷりひたれる物語です。 



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