藤原歌劇団29年振りのグノーの「ファウスト」である。あらためて聞いてみると、長いけれども実によく出来たオペラなのだが、我が新国立劇場の舞台にかかったことはないのが不思議である。前回1995年はジュゼッペ・サバティーニ、ルジェロ・ライモンディ、渡辺洋子という実に豪華な主役陣だったのをプログラムを引っ張り出して思い出した。今回聞いた裏キャストは藤原の若手を揃えた布陣。まあ若手を聞きたくて選んだのだが、これが”予想外”の聞き応え充分な好演であった。何より全ての歌手の歌がとても充実していたのが良かった。最後までリリカルな声で歌い通したファウスト澤崎一了、悪魔というより少し人間寄りの存在感をよく示したメフィスト伊藤貴之、朗々としたノーブルな歌声が印象的だったヴァランタン井出壮志朗、純粋なマルトを聴かせた北薗彩佳、これからが楽しみなワグネル高橋宏典、そして何といっても今回のMVPはマルグリートの迫田美帆だったろう。実に無理なく美しく心のある歌唱は素晴らしく、幕を追うごとに歌唱の密度は増した。だから3幕の有名は「トーレの王の歌」や「宝石の歌」よりも4幕以降の赦罪の祈りからフィナーレにかけての気迫せまる歌が胸を打った。やはり歌あってのオペラだからこの充実感が全体的感動につながった。ワルプルギスの夜の場面では数曲のバレエが確りと挿入された。オペラの中のバレエはえてして半端で退屈なケースも多いが、今回のNIIバレエ・アンサンブルによるものはファウストのストーリーを上書きしたもので、伊藤範子の振り付ともども秀でた仕上がりで実に説得力があった。ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディの演出とドミニコ・フランキの美術・衣装は、装置は最小限に限定しつつ、可動式の3枚のパネルに場面に応じたイメージ画像が投影されそれが動いて場割りをする簡易な舞台だが、衣装だけは確り重厚に作り込んだものだった。それは少ない予算の中での最大限の切り盛りだという感じだが、まあそれなりに雰囲気は出ていたかなと。まあこれも今回の歌唱が極めて優れていたからの印象である。ただパネルが布を張った作りだったので移動する度に画像が揺ら揺らとするのでこちらは船酔い状態になるのがいただけなかった。それと町娘のマルグリートにしては立派過ぎる衣装のため宝石が一向に目立たず「宝石の歌」の現実味が削がれたのは残念ではあった。最後に忘れてはならないのは、日本ではほとんど無名だった指揮の阿部加奈子と東フィルのピットである。フランスオペラの気品を残しつつ、必要な箇所では充分な劇性を発揮しながらも、歌手の邪魔は一切ぜす、決してダレずに長丁場を進めて最後の高揚感を導いた手腕は正にオペラ指揮の理想だった。東京文化のピットからこれほど豊かな音が立ち上ることは稀なのではないかと感じさせた。
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