「巌とひで子 58年目の無罪」
55分、落ち着いた演出、二人の姿を近くで捉えたよい
ドキュメントだった。
巌の文章がうまいのに驚いた。
再審決定した静岡の裁判長は語る。
「生きているうちに決めたかった。5点の衣類が1年後に
発見はおかしすぎる。巌がはけないパンツもあった。
あの衣類は一体何なのだ!」冷静だが奥には怒りの表情。
巌は23歳でプロボクサー、フェザー級、国内で6位までいったが
進めず、地元、こがね味噌に勤務した。
無罪主張の逮捕後も、ボクサー時代の仲間が支援を続けていた。
姉、ひで子は1回結婚、離婚。91歳の今まで
弟を支えた。この力が限りない。
働き続け60歳でローンを組み、多分浜松市内に
4階のマンションを建て、その4階に巌と住んでいる。
広めの良いマンション。
地方の資格もない女性が、ここまでできたことが
感動的。この言葉は私はよほどでないと書かないが、
そう感じた。しっかりした姉が何もかも支えた。
保釈後、姉と二人暮らしが始まる。はじめはぎこちない二人。
巌は5か月後、胆のう摘出手術、心臓の手術もした。
死刑囚なので健康面はおざなりだった。
入院中の様子も映る。
回復後家の中では、ずっと歩き、部屋をぐるぐる回る。
外へはでなかったが、バースデイかで、お財布をプレゼントされた。
お金を使ってみようと、一人で歩き
ベーグルを買ってきた。(^^)/10個くらいありそう。
姉は心配したが、これが初外出。
その後は外食も楽しめるようになった。
長い刑務所暮らしのわりには、体はしっかりしている。
逮捕から家族宛の手紙はとても細かく、しっかり書かれ
漢字もきっちりと、映ったカット、
間違いはない。詩的な表現もあり、過酷な生活の中、
ここまで書けていた。早い時期に母が亡くなる。
いつか死が来る、自分の内面を家族宛に書いていた。
手術後、調子がよくなり、ボクシングを見るために、
最前列で姉と観戦できた。紹介され
リングにあがり、手を振った巌、昔を思い出したと思う。
1966年発生の4人殺害、放火事件。
当時、今でも大事件だろう。
慣れない捜査、上から犯人を早くあげるの怒涛が聞こえそう。
青木理は、66年生まれなので、自分の年齢くらい
刑務所に入っていたことに、やりきれないと語った。
新聞に7回連載「なぜ、死刑にされたのか?」
こがね味噌は、地域では一番裕福でTVもあった。
4人家族。19歳、長女は近くの祖父母の家で暮らしていて
難を逃れた。
きょうだい二人、父母4人が殺害され放火。
私なりに犯人の推理をしてみた。次へ。
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