フィッシャー氏、童話のような静かな国で、
穏やかに暮らされていると思っていますが。
朝刊にサラット目を通していると、
将棋とチェスの記事が目に止まる。
20世紀末の話になるが、職場の畳の休憩室で、
職場の先輩と将棋を良く指した。
基本は負ける立場で、
揉まれた方といった方が正しいのだが、
性分の負けず嫌いが災いして、
職場が変わるまでは日課のように、昼休み指していた。
弱者が申すのも気が引けるが、
じっくり考えながら指すのは「嫌いだ」、
またいつも指摘されたが、
私の将棋では「守り」型が、一切無い。
私の主張
1、王とは八方に動ける、最強の駒である。
隣接する味方は退路を塞ぐ不届きな駒である。
入玉率が私の場合かなり高い。
2、限られた時間内に、
指すのだから「長考」は無駄な事だ。
早々に対局を終えて、棋譜を確認した方が面白い。
そこにはお互いの主張がある。
3、盤が方形である以上、飛車は便利だが、
角の動きが読み難い、意外と侮れない。
4、相手が判らなければ、相手の持ち駒を使っても良い。
将棋の場合、持ち駒の考えがある。
チェスと違い完全なる征伐ではない。
言い換えれば、究極の「リサイクル」である。
一手前の敵は、忠実な部下になる。
そんなところに、
日本の文化の優しさ・甘さが見える。
でもそんな日本人で私は幸せだと思う。
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