夫のブログ
「函館深信ーはこだてしんしん」を昨日読んでいて、誰かが泣いた。
きっと生意気な中学生の男の子だろう。
彼は、家族にもあまり好かれていない。
小さなkasumiを守るために、出てきた人格だと思う。
思うというのは、今こうやって記事を書いている人つまり、普段の私ではないからだ。
ところどころ記憶はあるものの、どこで入れ替わったのか、どのタイミングなのか、どんな言葉に引っかかったのか、まだよくわからない。
多くの人格さんたちは、なんとなく似ているし、私の娘以外の人には見分けがつかない。
それに他人に迷惑をかけることも少ないので、
あまり、その入れ替わりには意識をしていない。
私は6人だと思っていたら、娘は8人居るよというし、どんな人?と聞いても、似てるから生活に支障はないと、詳しく教えてもらえない。(笑)
多分娘なりの気遣いだろう。
中学生の彼は、怒りの担当を夜の見張りをしてくれている。
攻撃的な私が出ている時は、きっと彼が「てめぇ、いいかげんにしろや」みたいに怒っているんだろう。
私もその状態になるのが嫌だったし、自分の醜い部分をさらけ出しているようで、辛かった。
でも、
夫が言うように、彼が居なかったら、私はきっと死んでいただろう。
暴力と、親子での性生活と、ネグレクトと。
精神的にも、肉体的にも、生きるなんて気持ちにならなかっただろうな。
手にはいっぱい小さな傷があるのは、きっと・・・。
でも小さなkasumiになった時は、普通に恋もするし、憧れの先輩だっていたし、手紙の交換とか、交換日記みたいなかわいらしい少女でもあった。
中2の時に、ただ触られていただけから、そうじゃなくった。
その時、私は先輩の家まで走った。
だからといって、自分の身におきたことを話せたわけじゃなかった。
ただ、もう私は、本当に「普通じゃない人間」何だなって、わかった。
人には絶対言ってはいけない秘密を背負った。
その日から、受験が終わるまで記憶が飛んでるのは、二千恵さんが頑張ってくれたからなのだ。
でも二千恵さんは、英語もわからない(それまでは大好きだった三千恵さんとして、見られる)、突然どうしたの?から、始まる。
それも、多分きついはず。
辛かったね。
その二千恵さんは攻撃的な人が嫌いだし、
かなり我慢する。
でも、沸点にきてしまうと、止められない。
でもそれしか生きる道はなかったんだよね。ごめんね。
ありがとう。
いつも夜が怖くて、公園にいたっけ。
今年はコスモスの花を植えるよ。
よく頑張ったねって、コスモスの横で語らおうね。
ハグしよ、みんなで。
今年はお花でいっぱいにしよ。
守ってくれてありがとう。
その自分大事にするね。ありがとう。