虐待を生きぬいて~連鎖を切りたいと願って生きてきた人生と快復~

虐待のサバイバーからガーディナーへ。


大きな樹の根を見つけた。
どんな暴力からも「逃げていい」って伝えたい。

みっちーの活動

1 手話通訳活動を含めたミュージックサインアーティスト   &ピアニスト 2 人権活動(子ども、女性、障がい者、高齢者、メンタル系) 3 里親制度を広めたい 4 復興支援(体と心によいこと始めました) 楽しくて、優しい人に出逢って、自分も嬉しいを手渡しできるそんな活動がしたい。 すべては自分のための四苦八苦。 自分に優しく、他人にも優しくを心がける2014年。 合言葉は nice love song

ミュージックサイン アーティスト みっち~

「ファン」Byミック・サトー

この曲のpianoは結構自分的にスペシャル・・・・。

2012-05-31 19:36:06 | みちえの活動日記
夜行電車 作詞・作曲タッカ


この曲を聴いた時から、音符がパラパラと浮かんできて、なんで尺があわない??と思いながら、

あわないなら、その分何かを入れればいいんだと、結論に達して、トリルの手前にオクターブを入れたんだ。

今考えると、2小節分長いんだから当たり前なのだけれど、聴きながら作るので、なんで??ってわからなくなる。

楽譜があれば、一目瞭然。

でも、ないからう~~~~んって唸る。

そして、作曲者から、「違う」って言われる。

違うのはわかってるんだが・・・。

どこが?
なにが?

どうすればいいの?

誰も教えてはくれない

ただただ弾き続けた結果がこれ。


尺がしっかりはまった一瞬だけ、「わたしってすごいかも?」と思うのだった。

メトロノームのように正確で、メトロノームのようにはならなくて、

「違う」って言葉に時々ビクビクして。

「いいね」って言葉に喜んで

そういうふうに弾ける曲が30曲近いっていうのも、長く関わった積み上げかもしれない。

 

最近、絶対音感ってこれですか?みたいな瞬間があるけれど、あまり音楽には役立っていない(笑)

一通のメールでどよ~~ん。

2012-05-31 12:52:05 | みちえの活動日記
久しぶりに早い時間に外に出て、これって家庭菜園か?みたいな三つ葉に水をやり、鈴蘭を見つけ写真を撮り、草も抜いて、太陽の光にエネルギーをもらっていた。

家に入って、メールを読んで、なんかなぁ・・・・。

わかるけど、それってあんまりじゃないのか?みたいな気持。

いきなりで唐突で、びっくりマークみたいだった。

疲れる。


でも今は考えない。
上映祭があるから。

肩も痛いし。

夢の中であえて口論でもできたら少しはすっきりするかな。

だがしかし、夢でもあわないので、相変わらずブツブツ・・・・。

エブリディ 更新 目指していたっけ???

2012-05-31 08:42:55 | みちえの活動日記
あまり昔からというか、自分の生い立ち等々を発信したのは、2003年で、HPを作った。

結構、やり取りもあったり、同じような人がいっぱいいるんだなぁ・・・と感じたり、遠くで「生きているサバイバー」に出会ったりした。

「生きている」なんてわざわざいうのは、外国の本が主流で日本人が告白本みたいに書いているのはあまりその頃はなかった。

なので、「生サバ」なんてお互いいったりして、まるで昔から友達のように話しこんだりした。

地味なHPだったし、必要のない人には、関係がない内容だったと思うけれど、当事者は、私と同じように、同じような境遇の人って、いるんだなと、感じて命をつないでくれればいいと、思ってたいのだった。


それを更新していくのが大変になって、忍のブログに変え、そしてここに落ち着いた。

gooはもともと夫が使っていたし、テンプレートや、編集も割と特徴を出しやすいのかなと思っていたことと、
昨年、タッカが農作業と、レストランの2足、いやミュージシャンもあるから3足のわらじか。

超忙しくというか、時間がなくなった時に、「更新出来る時でいいから、写真とか、歌とか、時々あげて」という一通のメールから、gooのブログとの始まりだった。

生真面目な私は、何か責任というものに、取りつかれた感じで、まぁ。。

勝手にそう思ってしまうので、相手の期待度なんてわからない、できるだけ、書けること、伝えたれること、そう思ってつなげていた。

もちろん自分の方は、エブリディなど、考えていない単なる自分の言葉の吐き出しというか、確認作業の為の個人的なブログなので、

想いが募った時、吐き出したい気持ち、思いついた言葉など、最初のころとは違って、日常の愚痴も入り、日記も「うだうだ日記」と命名するくらいうだうだしてる。(笑)

サバイバーの友人たちはきっと、これを読んで「元気になったね」と思ってくれるだろうし、迷路に入ってる人は、「自分も元気になれるだろうか?」と指標みたいのが持てたらいいなくらいの気持ち。

最近写真をアップすると、自動的に記事も、写真も連動して更新ができるので、少し意識すればエブリディになっていく。

世の中とっても便利になっていくが、ただなんとなく続けているブログなんだわね。(笑)

昔のように記憶をたどるためという思いものでもなく、まさしく「「うだうだ」。

これが自分、うだうだいいながらも、生きてきたこれが私。

他人のことばかりに一生懸命で自分をおろそかにしているけれど、それでもこれが私。

自分をおろそかにしている私という事実を知っていて、それでも他人の為にいろいろがんばる?のが、私。

そんな三千恵を大切にしたいと思う。

エブリディに最近こだわっているのが、記事を書くごとに、どこかの国に植樹出来るものがあって、小さな種でも、10年経ったら、何かに変わっているかもしれないと思うし、私が居なくなってもその植樹された樹は、育っていくかもしれないと思うので、少しこだわってみている。

ミクシーもそうだけれど、松の木の種が蒔かれるらしいので、毎日クリックしている。五月は3日クリックし忘れた。

6月はカレンダーが埋まるといいな。

なかなか進まないでも、すこ~~し見えたかな。

2012-05-30 20:33:03 | みちえの活動日記
♭が3つの曲。

黒鍵だらけじゃ~~が、少しなるほどね…ってなって来た。



それで今日いつものように、言葉の上にコードを載せてみたら・・・

なんじゃこれ・・くらいの細かい楽譜になってORZ。

使っているコードは弾き慣れないコードなので、覚えるまでが大変だったけれど、コード進行は単純なので、頭に入ればいつもどおりになれるかな???

・・・・・くらい、今日はなるほどねだった。



人間挑戦が大事ってことかな?


本日は久しぶりに娘の声を聴いた。(*^^)v


大好きだ。

そのままでいいんだよ。

そのまんまの、まーで大丈夫さ。


大好きだ。(笑)


今年はあれから10年目だった・・・。

2012-05-30 10:15:10 | みちえの活動日記
ずっとフルタイムで働いていた私だったけれど、激うつにはまり、仕事を辞めた。

ひきこもり歴1年以上。

そして、心の回復作業を始めて、ずっと封印していたもの、心に優しくできるよう訓練した。

今年で43歳になるという人に数人あった。

あ。

私、その年齢で「もう出来ることはない」と考えたんだっけ・・・・。

そう思った。

心をがんじがらめにしてきた自分。

言葉で虐められ、養育を放棄され、しまいには性的暴力。

そんなこんなを「虐待」だったんだと知り、紆余曲折。

だって、親が虐待するんだよ・・・って自分だって信じられないし、信じたくなかったし、でもそれで納得できる部分もあって。

すべてがだめでも、すべてが良しでもなくて、とっても中途半端な10年だったかな。

がんじがらめだった心をオープンにして、10年。

そろそろ、少し開いたり、閉じたりするイメージを持ってみてもいいのかもしれないなと、昨日気がついた。

そしたら、傷つき度合いが減るかな。
自分の感覚で、判断してもいいのかな。

あれって皮肉?

あれって、冗談?


あれって、いやみ?

あれって、褒め言葉?

あれって、応援メッセージ?

そう考えたら、疲れるの減るかしら?


Stand By Me (映画)

2012-05-30 08:56:15 | みちえの活動日記




 作家ゴードン・ラチャンスはある日、「弁護士クリストファー・チェンパーズ刺殺される」という新聞記事に目をとめ、遠い過去の日を思い起こす。

クリスは、ゴードンの子供の頃の親友だった。

時代は、彼が12歳だったころにさかのぼる。ゴーディ(ゴードンの愛称)は、オレゴン州キャッスルロックの田舎町で育てられる。

ゴーディ、クリス、テディ、バーンの4人は、性格も個性も異なっていたがウマが合い、いつも一緒に遊んでいた。

木の上に組み立てた秘密小屋の中に集まっては、タバコを喫ったり、トランプをしたり、少年期特有の連帯感で堅く結ばれていた。

ある日バーンは、兄たちの会話を盗み聞きしてしまう。ここ数日行方不明になっている少年が、30キロ先の森の奥で列車にはねられ、野ざらしになっている場所を知ったバーンは、仲の良いゴーディたちに話す。

『死体を見つければ英雄になれる』と考えた4人は、線路づたいを歩いて死体探しの旅に出かける。

去年あたりから、れんばい横丁で「わたげ」として、演奏することが続き、この曲も何度かよく知らないままpianoを弾いていた。

でも当然聴いたことがあって、お決まりのフレーズがある。長澤さん(ピアニスト)ともセッションされてもらった。

すっごく上手い人と、セッションすると自分のまだ見ぬ力がニョキニョキ出てくる。

先日の秋本さんの前座で歌っていた彼も、そうだった。

この映画を夫が借りてきてて、「泣けてきた」という感想を持っていた。
月曜は、彼がとまりだった。

なんとなく、一人であることを痛切に感じながら、昨日映画をみた。

後半の部分は、私はポトポトと落ちてくる涙に、「あ・・・インチャイが泣いている」と感じた。

映画の為に作られた曲ではないらしいけれど、私は映画の方に付いていた日本語訳の方がしっくりきた。



stand by me

夜の闇が 辺りを包み

月明かりしか 見えなくても

僕は 怖くない 怖くなんかないさ

君が そばにいてくれるなら

友よ 友よ いつもそばにいておくれ

いつでも 僕のそばに 



見上げる空が 落ちてしまい

山が崩れ 海に沈んでも

僕は泣かない 涙なんて 流さない

君がそばに いてくれるなら


友よ、友よ いつもそばにいておくれ

いつまでも 僕のそばに・・・


当直明けで帰って来た夫に、
同じことを伝えた私。

そっか。

寂しかったんだ、ずっと・・・・と、気がついた。