彼女は同じ会社(かいしゃ)の人と付(つ)き合っていた。その人は、まるで子供(こども)のように純真(じゅんしん)だった。だが彼女の友人(ゆうじん)は、その人のことをよく思っていなかった。その友人は、彼女に忠告(ちゅうこく)した。
「あの人は、やめた方がいいよ。何を考えてるのか分からない目をしているわ」
彼女には、そんな忠告は耳(みみ)に入らなかった。彼のことを愛(あい)していたのだ。彼女が、彼の部屋(へや)を初めて訪(おとづ)れたとき、それは起(お)こった。
――彼は、ぽつりと彼女に言った。
「ねぇ。君(きみ)は、どうして僕(ぼく)なんかと付き合ってるの?」
「どうしてって…。それは、あなたが、あたしのこと好(す)きだって言ってくれたから…」
「ああ…、そうだったね。君は、僕のこと、褒(ほ)めてくれたから。君だけだよ。僕のこと分かってくれるのは…。ねぇ、僕のこと褒めてよ。もっと褒めて欲(ほ)しいんだ」
彼は彼女の手をつかんで言った。「僕のコレクションを見せてあげるよ。君も気に入ってくれるといいんだけど…。僕は、君に褒められたいから集(あつ)めたんだ」
彼は、壁(かべ)に掛(か)かっていた布(ぬの)を剥(は)ぎ取った。壁一面(いちめん)に服(ふく)の切れ端(はし)と、傷(きず)だらけの女性の顔写真が貼(は)りつけてあった。その中の一枚に、彼女の友人の写真(しゃしん)もあった。彼は言った。
「ねぇ、すごいだろ。僕のこと褒めてよ。みんな、君のためにやったんだ」
彼女は彼を見た。そこには、彼女が好きだった彼の顔はなかった。
彼は狂気(きょうき)にみちた顔で、「褒めてよ。褒めてくれないと、君のこと嫌(きら)いになっちゃうぞ」
<つぶやき>やばいです。時に、人は別の顔を見せることもあるみたい。でも、これは…。
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