みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

 トンネルを抜けると白い雪(5)

2020-12-28 | 第15話(トンネルを抜けると白い雪)

箕面の森の小さな物語

 <トンネルを抜けると白い雪>(5)

  祐樹はこの2日間迷っていた。 

あの美雪さんのことが頭からも心からも離れないのだ。 もっと彼女の事が知りたいけど、迷惑かな? どうしたらいいのか? こんな思いをするのは生まれて始めての経験だった。 別れ際にケイタイのアドレス交換をしていたので、何かメールでもあるかと期待をしていたのだが・・

  3日目の朝、祐樹は意を決し美雪さんの出勤前に伝えようとメールを送った。  「先日は本当にありがとうございました  おかげで命拾いをしました  もしよろしければ今晩この前のレストランでお食事でもご一緒にいかがでしょうか・・?」  祐樹はこの年になるまで自らデートの申し込みをしたことが無く、何かぎこちないドキドキするような誘い方だった。

  早速返事が来た・・ オーケーだ! 祐樹はなぜか飛び上がって喜んだものの・・ イタ! イタ! 痛い・・!  と足を押さえながらベットに倒れた。  でも嬉しかった・・ そしてまだ文面は続いていた。「・・私は今日仕事が休みなのでお昼でよろしければ・・ それに差し支えなければ歩くのも不自由でしょうから私がこれから美味しい飛び切りの料理を作って持っていきますので、それでご迷惑でなければ祐樹さんのお部屋でランチなどご一緒に・・ なんて言うのは如何でしょうか・・?」  祐樹は勿論すぐに大賛成の返事をした。

 このワクワクする気持ちは何なんだろう・・?  祐樹はつかの間の心躍る余韻を楽しんだ後 ふっと え~ この部屋で・・!  あわてて部屋を見回すと汚い!  何とも汚れた男部屋だ・・ 何とかしなくちゃ! 痛い! イタイタイタ・・ ダメだこりゃ! とても自分ひとりで掃除できる状態じゃないので諦めた。  すると何だか心が落ち着き、裸のまま素の自分を美雪さんには見てもらうしかないと思った。

  お昼までの時間が待ち遠しかった。  やがて12時半を回った時、ピンポン・・ とチャイムが鳴った。  美雪さんだ!  マンション入り口のドアロックを解除すると、やがて部屋のベルが鳴り祐樹ははやる気持ちを抑えてドアを開いた

「こんにちわ! おじゃまします・・」  そこには先日の山歩きの格好とは違う花柄のワンピースに身をつつんだ美しい女性がニコニコしながら立っていた。  両手にいっぱいの紙袋を提げている・・ 男の汚れた部屋に入った美雪は一瞬にこっと笑った。

 「こんな汚いところですいません・・」と言った祐樹の言葉に首をふりつつ・・ 「足のほうは如何ですか? 大変でしたね・・ 痛みますか? お腹すいたでしょう・・ 遅くなってごめんなさいね。 あれから懸命に作ったんですけどお口にあうかしら・・?」  そう言いながら、テーブルいっぱいに持ってきた料理を並べた。

 「すごい・・ 美味しそう・・ これみんな貴方が作ったの?」 「そうですよ! 私ね門真にある会社の社員食堂で働いているの・・ だから料理を作るの大好きなんだけど、食べ物はみんな好みがありますからね・・ ちょっと心配ですわ」

「美味しい!」祐樹は心底美味しいと思った。 こんな美味しい家庭料理など本当に食べた事が無かったからだ。

 

 それから二時間ほど、二人は笑いを交えながら食事を楽しんだ。 「私ね 祐樹さんにはきっといい人がいそうな気がして、足のことも気になってたけれどお伺いのメールもしなかったの・・ でもこのお部屋の様子から見て大丈夫のようだわね・・」と大笑いしている。  祐樹も頭をかきながらつられて大笑いしてしまった。

  「実はボク離婚したんです  妻が家を出て行ってしまって・・ だから・・」と祐樹は唐突に話題を変えて頭をかいた。  すると・・ 「私も10年前だけど、二十歳の時に短かったけど結婚してたのよ  母を早く安心させたかったの・・ でも夫の暴力に耐えられなくてすぐに別れて大阪に来たのよ  逃げられた人と逃げた人なのね・・ ハハハハハハ!」  お互いにこれで気が楽になった。

 「私ね・・ 北海道の十勝出身で母子家庭なの・・ 母は町で唯一の病院食堂で必死に働いて私を育ててくれたのね  だから私は早く自立して今度は私が母を支えようと決めてたの・・ でもね 町にはいい就職口がないからと東京の専門学校に行かせてもらってね  それで栄養士の資格を取ったのよ  早く自立して母を支えたかったの・・ いづれは母と暮らしたいんだけど、今は年に一回ぐらい大阪に呼んでるの・・ でも母は私の住んでる団地で過ごしてても一週間ももたないのよ  大地がない、畑がない、自然がない、預けてきた犬が心配だ 人との付き合いがない・・ なんて言うのよ 広大な十勝とは違うものね・・ それで私の出勤後一人で孤独になっていつの間にか北海道へ帰ってしまうのよ・・」

  そんな話を明るく可笑しく話す美雪の言葉を、祐樹はしっかりと聞いていた。  しかし祐樹は自分の家族の話は少ししかしなかった。 「ボクの父母も兄姉もいろいろあって、今はみんな失業中なんだ(実際そうなんだ)下の兄はあの大震災後の福島で今ボランテイアをしているようだし・・ ボクだけサラリーマンだけど、本当はやりたいことが別にあってね・・ 今までどうしようか悶々としてきたけど、今回の生死を感じたできごとがあってそれで決心したんだ  だからもうすぐボクも失業となるかもしれないんだけどね・・ ハハハハハハ・・」

  「まあ~ それは大変ね! でも貴方は夢や希望がいっぱいあるのね・・ 素敵だわ! そうだわ! 私夕方までにこのお部屋お掃除して片付けてあげるわ いいかしら!」 と突然 美雪が言い出した。  そしてそう言うが早いか美雪は早速食事の後片付けをするとテキパキと掃除を始め、片づけをしだした。 「さあ 祐樹さんはこのイスに座っていてくださいね。 口だけ動かして指示してくださいね・・」  祐樹はそんな彼女の動き回る姿を、まるで幻でも見てるかのように ボ~っ としながら見つめていた。

  祐樹と美雪はそれからも時々会ったが、なにしろ祐樹の足の硬い石膏は3ヶ月は取れず、松葉杖も離せず、仕方なく祐樹の部屋でデートすることが多かった。  そして美雪は動けない祐樹に代わって部屋の掃除や美味しい料理を作ったりしてお互いの心は徐々に近づいていった。 そしてこの温かい交わりがこれからも続くものと、二人とも信じて疑わなかった。

 

  祐樹の足の石膏がやっと外せる日がやってきた。 晴れて不自由な足と松葉杖から開放されるのだ。 祐樹は勿論だが美雪も自分のことのように喜んでいた。 祐樹はこの間、会社の配慮でデスクワークをしていたけれど、どうしても仕事への情熱が別の所へと移っていた。 そして熟考の上、会社にやっとの思いで辞表を提出していた。  いろいろ引きとめ工作もあったけど、何とか受理してもらった日でもあった。 祐樹は美雪さんに自分の夢を語り、自分の思いを告白する決意を固めていた。 ところが・・

 ・・・美雪さんのケイタイがつながらない・・?  なぜ連絡がつかないんだろう?  事故でもあったのかな?  もっと自宅を詳しく聞いておけばよかった。 いったいどうしてしまったんだろう・・ 祐樹の不安がピークに達していた時、美雪からの電話が入った。

  「無事だったんだ・・ よかった!」「ごめんなさいね! 母が倒れたの! 飛行機に乗っていたりして ケイタイが使えなかったの! 今から最終の汽車に乗るので明日にでもまた電話するね・・」

 次の日の昼前、やっと待っていた電話が美雪から入った。 「今~ 母と病院にいます 大事には至らなかったけど脳梗塞があって・・ それに軽い認知症状もあってね・・ それで・・ 私~ 母一人子一人だからしばらく十勝にいなければならない・・ 会社には事情を話して長期の休暇をもらったの・・ 突然でいろいろ大変だけど母を一人にしておけないの・・」 そう一気に話すと・・ 「あっ! 先生が呼んでいるからまた後でね・・」と急いで電話を切った。 

  祐樹は呆然とケイタイを耳に当てたまま動かなかった・・ 「もうこのまま会えないんだろうか・・?」

(6)へ続く



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