歯が痛くても、腹は減る。
右奥歯に、食べたものが当たらないように食うしかない。
この日の昼飯は、久しぶりにここにした。
べら安食堂。
路地裏にある、ザ・大衆食堂だ。
こう見えても、戦前から続く老舗なのだ。
ほつれたままのテント生地の看板。
中の様子が窺い知れない煤で汚れたモルタルの壁。
判りにくく狭い店の入り口。
店の前には出前用のバン。
どれをとっても、私の大衆食堂愛をくすぐるアイテムばかりである。
言っておくが、これらは決して、けなしているのではない。
私としては、最大級の誉め言葉のつもりでいる。
何しろ、こういう風景が大好きなのだ。
店は夫婦二人で切り盛りしている。
こう言う所にも『らしさ』がある。
と、常連みたいに書いてはいるが、実はこの店に食べに来たのは2度目である。
だが、この店のあるメニューなら、数え切れないほど食べてきた。
この件は、後で触れる。
なんにしようかな。
そういえば前回来た時、玉子うどん、月見うどん、卵とじうどんの、それぞれの違いを解明せねばと誓った気がする。
具入りうどんの謎もそのままだ。
だが、今回私一人である。
いくら腹が減ってると言っても、まさか全部を注文する訳にもいかぬ。
口からはおろか、鼻や耳からも、うどん麺が飛び出したまま、店を出る事になるに違いない。
えーっと、
こんな時こそあれだ。
「オジサン。カツライス頂戴。」
「へーい。」
これこれ、これだよ。
今で言う、ワンプレートランチである。
そう思えば、存外にお洒落ではないか。
遡る事40年前、いつも行く雀荘の出前の一番人気は、ここのカツライスだった。
誰もかれも、カツライスを注文した。
数え切れないほど食べたあるメニューとは、出前でとったこのカツライスだったのだ。
「あの頃といっちょん(ちっとも)変わっとらんね。」
「40年前ちゃ、親父の時代ですよ。そげん言うて貰うと嬉しか。」
あーん。
モグモグ
うん、思い出の味だね。
・・・でもね。
「あの頃と同じ」と大将には言ったものの、40年前のカツライスは、豚カツソースがダボダボとかかっていた。
その溢れるほどのソースが、皿の上を縦横無尽に駆け巡り、最後はカツもライスもキャベツもポテトサラダも、全部がないまぜになる。
そのないまぜとなった物体を口中へ、ガツガツと流し込むのだ。
ワンプレートの醍醐味と言っていい。
何て、
麻雀中なのだ。
忙しかっただけだ。
あと一つ。
当時のカツは、もっと薄かったけどね。
「ご馳走様。懐かしかったよ。」
「有難うございます。また来てくださいよ。」
勿論!
たまご三兄弟の謎を解き明かすという宿題が残っているからね。