おもしろ雑貨をお探しの方はここをクリックしてね!
考古学者が地中から掘り出す物は、矢じりや壺など、そのほとんどが見てそれとわかるものだが、時として、「ぬぬ?」と専門家をうならす謎の遺物が発見されることがあるようだ。
ここに集められた10の遺物は、世界10カ所のロマンと謎と秘めたものである。
10.中東のミステリーサークル(シリア・サウジアラビア)
ペルーのナスカの地上絵はよく知られていて、古代に地球にやってきた宇宙人が描いたという説が人気だ。しかし、もっと古いもので、似たような地上絵が中東にもあることは、あまり知られていない。
シリアからサウジアラビアにかけての砂漠に、車輪のような形に並べられた円形の石の構造物が作られている。少なくとも2000年前のものとされていて、1920年代、航空機が発明されて初めて上空から発見された。
この構造物がなんのために作られたかははっきりしない。かたまって配置されているもの、ぽつんと独立しているもの、車輪のスポークが天体配列を模して並んでいるようにも見えるサークルもあるが、ほかは明らかにランダムで、並びに法則性はないようだ。建物や墓地の遺跡のようでもあるが、宗教的な目的のために建てられたという説が有力だ。
9.フォート山の要塞(アメリカ、ジョージア州)
登山道を整備する人たちによると、米ジョージア州フォート山の中に謎めいた先史時代の壁があるという。建造者も、その目的も大きな謎だ。
緩く岩を積み上げた壁は長さ270メートル、高さ2メートル。出入り口として、30ほどの穴があちこちにあいている。壁は1600年ほど前のものだが、穴はのちにやってきたヨーロッパ人があけたものかもしれない。
攻撃から山を守るためという説があるが、水源がなく、ところどころ壁が低くなっているため、戦略的な場所としてはありそうにない。その他、太陽信仰などの宗教的な目的のために使われたという説もある。
壁は、アメリカ原住民の陶器によく見られるようなジグザグに作られていて、天体の動きをなぞらえたものかもしれない。壁の北の果ては、夏至に太陽が昇る方向を示している。チェロキー族の伝説では、長身で白い肌、髭を生やした夜行性の地底人が壁を作ったとされていて、これはこのあたりに住んでいたヒチティ族を指している能性がある。
8.デレク・マホーニーのグラストンベリーの十字架(イギリス)
アーサー王に関する多くの伝説のひとつに、イギリス、グラストンベリーの修道院の僧が、1191年に王の棺を発見したというものがある。遺骸のそばには鉛の十字架があり、そこに“かの有名なアーサー王、ここアヴェロンの島に眠る”と刻まれていたという。
しかし、このような十字架が存在するとしても、多くは僧たちが巡礼者を増やすために仕組んだにせものだと信じている。17世紀にこの十字架についての記録は途絶えてしまったが、1981年にテレク・マホーニーという男が大英博物館に現われて、この十字架を見つけたと主張し、専門家たちが調査を進めることになった。
最初の調査が済んでも、マホーニーはこの十字架を手放そうとしなかったので、裁判所命令が出されたが、それでもマホーニーは拒絶。1982年4月に禁錮2年の刑が言い渡された。
1983年1月、マホーニーの事務弁護士が釈放を求めたが、なぜか本人はそれを拒絶した。しかし結局、刑務所を追い出されることになってしまった。のちに十字架は、マホーニーが作ったにせものだということが判明したが、専門家の目まで騙せる高度な技術を彼がもっていたことになる。しかし、またしても十字架の所在はわからなくなり、残念ながら真相はわからないままだ。
7.ユニコーンのタペストリー(フランス)
ユニコーンの狩りを描いた美しい6つのタペストリーが、パリのクリュニー中世美術館に常設展示されている。しかし、“織物工芸のモナリザ”と言われるこの作品は、作者がわかっていない。15世紀か16世紀の作品であることは確かだが、1841年にブサックの城から劣悪な状態で搬出されるまで、その存在を知られることはなかった。
これらタペストリーの来歴についてのヒントは、それぞれの隅にあるAEとAFというモノグラムだが、それがなにを指すのかはいまだにわからない。6枚中5枚のタペストリーに細身のブロンド女性が描かれていて、彼女が誰なのか、さまざまな憶測を呼んでいる。歴史家は、フランスのルイ12世の晩年半年だけ結婚していた、ヘンリー8世の妹、メアリー・チューダーだと言っているが、キュレーターは、俗世の結婚、愛、子供を望む気持ちをほのめかしていると見ている。
その他にも、五感を表している説もある。まず、女性がユニコーンに触れ、鳥にエサをやり、花の香りを嗅ぎ、音楽を奏で、ユニコーンにその姿を見せている。キリスト教学者は、ユニコーンは聖母マリアに愛されているキリストを表しているという。
6.フロリダのペルー人頭骸骨(アメリカ)
2012年1月、南フロリダでのプール工事で、成人男性と少年の頭蓋骨が見つかった。少年は10歳ほどで、まだ骨に組織が残っていて、ミイラ化していた。事件性はなく、800年ほど前のものだとされた。
骨はインカ骨として知られる、ペルー人独特の特徴があった。頭骸骨のそばには、織布や投石器のような原始的な人工物があったというが、なぜ、フロリダの民家の庭の地中に、これらがたどり着くことになったのか、わからない。
5.グローゼルの石板(フランス)
1924年、エミール・フラディンという農夫が、自分の畑の地中から、奇妙なマークの入った人骨、雌雄同体の像、仮面、異様な文字が彫られた石板など、たくさんのさまざまな物を発見した。
1927年、発見物が本物かどうか、フランス中を二分するような激しい論争となり、グローゼリアン論争とも言われた。新石器時代のもの、フェニキアのアルファベットより前のもの、ギリシア語、ヘブライ語、ラテン語、アラビア語、キリル文字が発展したものまで、さまざまなが説があがった。
新たに文字が彫られた石板が見つかったため、フラディンは詐欺の疑いで逮捕されたが、最近の分析によって、骨は紀元前300年頃から、1600年代のものとわかり、現場から出てきたガラスも、中世フランスのものと判明した。石板は骨と同じ約2000年前のもので、使われていた粘土はこの土地のものだったため、ここ作られたものであることがわかった。
今は、文面の文字は古いケルト語ということで意見が一致している。しかし、どうしてこれほどたくさんの多様な物が、なんの変哲もない畑から出てきたのか、謎は残る。ヨーロッパでこのような例はほかにはない。フラディンは2010年にこの世を去り、謎も永遠に葬られてしまった。
4.ミステリーストーン(アメリカ)
1872年、アメリカ、ニューハンプシャー州のウィニペソーキー湖近くで、掘削していた建設作業員が奇妙なものを発見した。高さ10センチほどの黒い卵のような石で、ミステリーストーンとして知られている。
石の前面には顔のようなものが彫られていて、両脇にはコーンの形をした耳、円の中に、動物、らせん、三日月、点や線を使ったさまざまな模様が描かれていて、てっぺんと底に穴があいている。
この奇妙な石の発見時の記録が残っていないので、正確な場所や深さなどわからない。石の種類は、ニューハンプシャーでは通常見られないもので、150年近く調査しても、誰がなんのために作って埋めたのか、ほとんどなにもわかっていない。
3.黄金の帽子(ヨーロッパ)
青銅器時代のヨーロッパのもので、もっとも奇妙な発見物のひとつに、4つの黄金のコーン型帽子がある。その長さは30センチから1メートル。90%金でできていて、精巧な同心円のシンボルのようなものが描かれている。
1835年にベルリンで見つかったものがもっとも古く、紀元前1300年頃のものらしい。1739個の太陽と月のシンボルが描かれ、当時の金属加工技術の粋を集めて作られている。
用途は、武具、儀式用の壺、礼拝堂の飾り、魔法使い、つまり聖職者や占星術師の帽子などさまざまな説がある。現代の分析では、コーンに描かれている模様は、紀元前5世紀のアテナイの天文学者メトンによって初めて発見された、太陽や月の周期を正確に表しているという。つまり、原始ケルト文化は何世紀も進んでいたことになる。
2.蜘蛛の描かれた岩版(エジプト)
2013年、エジプトの考古学者たちが、世界で初めてのクモらしき姿が彫られた岩板を発見した。この岩は6000年ほど前のもので、古代エジプト文明よりも古い。描かれているものは、ラフな描写ながら、丸い胴体に細い4本の曲がった足が突き出ていて、クモのように見える。
作家のドクター・ヘザー・リンは、この彫刻は古代の人たちがよく見上げていた、シリウス星系を表しているのではないかという。夜空に星が並んでいる様子が、クモ形の動物のように見えてもおかしくないため、両方の説が正しい可能性はある。
1.アラム・ムル(ペルー)
ペルーにあるアラム・ムルは、四角く切り出されたような巨大な岩。それぞれの辺は7メートルもあり、露出面は平らで滑らかだ。四角の中央下には、横数フィート、高さは人の背丈くらいの窪みがあり、まるでここから中へ削り始めて、やめたように見える。
超常現象を信じる人たちの中には、魔法の世界への入り口だと言う者もいるが、地元の人たちによると、魔法使いが特殊な魔術を使うと開き、地下世界へとつながっているという。また、遥か彼方の宇宙への通り道だとも言われている。
via:
listverse
☆謎が、なんぼあるかが、謎やんけ!
おもしろ雑貨をお探しの方はここをクリックしてね!