様々な次元が交差している世界です。
だから何でもあり得る世界であります。
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*現実界という特異点 2013-08-08
おひさまありがとうございます 記事全文
http://blog.goo.ne.jp/ohisama_maruzo/d/20130808
この世界は翠点(特異点)であります。
様々な次元が交差している世界です。
だから何でもあり得る世界であります。
他の次元は変化は発生しません。
他の次元は時間が流れないとも言えます。
この現実界という翠点(すいてん)のみ、 時間が流れ必ず変化が起きるように創られています。
何一つ安定したものはありません。
これはこの世界の未来は何も決まっていない ということの裏返しであります。
何一つ安定したものがないということは、どんなに高い次元からの転生者であっても、この世では簡単に堕ちる可能性があるということであり逆に、
どんなに悪人であってもそれを自覚することで境涯を上書き修正できるということでもあります。
どんなに高い次元の転生者でも簡単に堕ちるということはそれほどこの世界の誘惑は、自我にとって抗い難いものでありそれほどこの世界の恨みの連鎖も、同様に自我にとって抗い難いものであるということです。
自我は過去の恨みは決して忘れません。
真我は毎瞬水に流すのとは対象的です。
しかし逆にこの世界では簡単に高次の御神気にも触れらます。
この翠点の世界以外ではあり得ません。
高い次元の一端に触れることは原理的にできません。
自分と同じ振動数の世界に縛られたままですから。
無理をすれば、自分より粗い振動数の世界を垣間見ることはできるようですが、自分より精妙な振動数は絶対に無理です。
たとえば伊勢神宮のような聖地と呼ばれる場所に足を運ぶことも可能です。
この世にお預かりした肉体を使えば。
そもそもこの肉体が御神気のお宮です。
だからこの翠点の世界は時間限定でしか体験を許されていません。
確かに、この世界の我良しの誘惑や恨みは強烈です。
おお、これがそうかあ。
どんな高次の魂も負けることが多いと言われる我良しの誘惑かあ。強烈だなあ。
おお、これがどんな魂も地獄界の餓鬼に変える恨みの連鎖というやつか。これも強烈だなあ。
死んでも許さないという気になって来たぞ。
あいつの顔は地獄界の餓鬼そのものだけど、鏡を見たら自分の顔も餓鬼そのものになってるよ。
俺が正しいとあいつに認めさせなきゃ。
あいつに俺と同じ苦しみを味あわせなきゃ。
まだまだ足りない。もっともっと。
自分に非道い仕打ちをした人間は、全員赦せない。
確かにそういう気になって来るよ。
この世界では自我が一番確実だからなあ。
さすがに自我の縛りは強烈だなあ。
このように翠点(すいてん)の現実界は本当に強烈です。
こんな世界に生まれてみなさん勇気ある魂です。
ただこの世界は御神気にも限りなく近いです。
もし私たちが誰かを助けようとすると、
誰か困っている人を助けようとすると、
見返りを期待しないで助けようとすると、
自分は目立たず縁の下のまま助けようとすると、
自分はその瞬間、観音様と同調します。
自分自身が観音様になるわけです。
神界の存在の方々といえども、直接この翠点の現実界には干渉できません。
必ずこの世界に受肉した人間の、自発的な行為が必要になります。
この世界に生まれて来れたということは、私たち全員が御神気の寄り代であるということです。
だから私たちが、困っている人を助けようとすると、自発的に行動した瞬間、私たちが観音様になることができます。
この翠点(特異点)の世界は、本当にありがたい体験の場であります。
*萃点(すいてん)
「萃点」という言葉は、おそらくは南方熊楠(みなかた くまぐす) (1867年~1941年)の造語。
「萃」は、「あつまる・あつめる」の意。
「萃点」で、「集まる地点」という意味でしょう。さまざまな物ごとの"ことわり"が通過し、交差する地点。
「萃点」を押さえてそこから始めたら、物ごとの研究ははかどる、と熊楠はいっているようです。
*南方熊楠が1903年7月18日付の土宜法竜宛書簡で、(のちに南方曼荼羅と名づけられる)スケッチを示し、
「この世間宇宙は、天は理なりといえるごとく(理はすじみち)、図のごとく(図は平面にしか画きえず。実は長、幅の外に、厚さもある立体のものと見よ)、前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す。その数無尽なり。故にどこ一つとりても、それを敷衍追求するときは、いかなることをも見いだし、いかなることをもなしうるようになっておる。
その捗りに難易あるは、図中の(イ=中央部分)のごときは、諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出すに易くしてはやい。」
と述べているのが初出である。
萃点という言葉は南方が作った造語といわれており、大雑把な意味としては「集まっている点」というニュアンスになる。詳細な意味としては南方曼荼羅を目にして感じてもらいたい。
ちなみに南方曼荼羅は検索すれば画像で見ることが出来ます。
南方マンダラ
*翠(スイ,かわせみ,みどり,あきら,みどり)の意味や読み,翠を含む女の子の ...
意味 : よごれのないみどりの羽。 みどり。翡翠ヒスイのような青緑色。山・草・葉など よごれない青みどりのもの。青みどりの。 読み方 : スイ,かわせみ,みどり,あきら,みどり。
生かして頂いて ありがとう御座位ます
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あまてらスおホ三かみ ミロクさん意おホ三神
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天の常立太御神 様 ・霊界・自我心・相対塊【活力】
国常立の太御神 様 ・現界・肉宮身・個性塊【神美】
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*【両手を使った完全呼吸法】を行じ身につければ
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集中力・持続力と気配り・忍耐力の【意氣】を強化できます。よ・・世義
魂の発露にとって重要な「思いやり力」を強化させます。よ・・世・・ミロクの世・・・大和ごころ波∞無限大∞
世義幼子
ミロク文明人徳得
ミロク文明 新しき[神]の国の写し絵、天国地の上に現す
ミロクの世 ミロク文明人 大和ごころを志しての旅は・波・∞無限大∞
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*現実界という特異点 2013-08-08
おひさまありがとうございます 記事全文
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この世界は翠点(特異点)であります。
様々な次元が交差している世界です。
だから何でもあり得る世界であります。
他の次元は変化は発生しません。
他の次元は時間が流れないとも言えます。
この現実界という翠点(すいてん)のみ、 時間が流れ必ず変化が起きるように創られています。
何一つ安定したものはありません。
これはこの世界の未来は何も決まっていない ということの裏返しであります。
何一つ安定したものがないということは、どんなに高い次元からの転生者であっても、この世では簡単に堕ちる可能性があるということであり逆に、
どんなに悪人であってもそれを自覚することで境涯を上書き修正できるということでもあります。
どんなに高い次元の転生者でも簡単に堕ちるということはそれほどこの世界の誘惑は、自我にとって抗い難いものでありそれほどこの世界の恨みの連鎖も、同様に自我にとって抗い難いものであるということです。
自我は過去の恨みは決して忘れません。
真我は毎瞬水に流すのとは対象的です。
しかし逆にこの世界では簡単に高次の御神気にも触れらます。
この翠点の世界以外ではあり得ません。
高い次元の一端に触れることは原理的にできません。
自分と同じ振動数の世界に縛られたままですから。
無理をすれば、自分より粗い振動数の世界を垣間見ることはできるようですが、自分より精妙な振動数は絶対に無理です。
たとえば伊勢神宮のような聖地と呼ばれる場所に足を運ぶことも可能です。
この世にお預かりした肉体を使えば。
そもそもこの肉体が御神気のお宮です。
だからこの翠点の世界は時間限定でしか体験を許されていません。
確かに、この世界の我良しの誘惑や恨みは強烈です。
おお、これがそうかあ。
どんな高次の魂も負けることが多いと言われる我良しの誘惑かあ。強烈だなあ。
おお、これがどんな魂も地獄界の餓鬼に変える恨みの連鎖というやつか。これも強烈だなあ。
死んでも許さないという気になって来たぞ。
あいつの顔は地獄界の餓鬼そのものだけど、鏡を見たら自分の顔も餓鬼そのものになってるよ。
俺が正しいとあいつに認めさせなきゃ。
あいつに俺と同じ苦しみを味あわせなきゃ。
まだまだ足りない。もっともっと。
自分に非道い仕打ちをした人間は、全員赦せない。
確かにそういう気になって来るよ。
この世界では自我が一番確実だからなあ。
さすがに自我の縛りは強烈だなあ。
このように翠点(すいてん)の現実界は本当に強烈です。
こんな世界に生まれてみなさん勇気ある魂です。
ただこの世界は御神気にも限りなく近いです。
もし私たちが誰かを助けようとすると、
誰か困っている人を助けようとすると、
見返りを期待しないで助けようとすると、
自分は目立たず縁の下のまま助けようとすると、
自分はその瞬間、観音様と同調します。
自分自身が観音様になるわけです。
神界の存在の方々といえども、直接この翠点の現実界には干渉できません。
必ずこの世界に受肉した人間の、自発的な行為が必要になります。
この世界に生まれて来れたということは、私たち全員が御神気の寄り代であるということです。
だから私たちが、困っている人を助けようとすると、自発的に行動した瞬間、私たちが観音様になることができます。
この翠点(特異点)の世界は、本当にありがたい体験の場であります。
*萃点(すいてん)
「萃点」という言葉は、おそらくは南方熊楠(みなかた くまぐす) (1867年~1941年)の造語。
「萃」は、「あつまる・あつめる」の意。
「萃点」で、「集まる地点」という意味でしょう。さまざまな物ごとの"ことわり"が通過し、交差する地点。
「萃点」を押さえてそこから始めたら、物ごとの研究ははかどる、と熊楠はいっているようです。
*南方熊楠が1903年7月18日付の土宜法竜宛書簡で、(のちに南方曼荼羅と名づけられる)スケッチを示し、
「この世間宇宙は、天は理なりといえるごとく(理はすじみち)、図のごとく(図は平面にしか画きえず。実は長、幅の外に、厚さもある立体のものと見よ)、前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す。その数無尽なり。故にどこ一つとりても、それを敷衍追求するときは、いかなることをも見いだし、いかなることをもなしうるようになっておる。
その捗りに難易あるは、図中の(イ=中央部分)のごときは、諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出すに易くしてはやい。」
と述べているのが初出である。
萃点という言葉は南方が作った造語といわれており、大雑把な意味としては「集まっている点」というニュアンスになる。詳細な意味としては南方曼荼羅を目にして感じてもらいたい。
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*翠(スイ,かわせみ,みどり,あきら,みどり)の意味や読み,翠を含む女の子の ...
意味 : よごれのないみどりの羽。 みどり。翡翠ヒスイのような青緑色。山・草・葉など よごれない青みどりのもの。青みどりの。 読み方 : スイ,かわせみ,みどり,あきら,みどり。
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