時の栞

何を見て、何を思い、どう表現したのか。
私の欠片であるコトバで綴った、私自身の栞です。

海の底 * 有川 浩

2009-09-01 23:07:09 | 読了備忘録
「三匹のおっさん」で、また有川さんの作品が読みたくなり、なんとなくこれに決めたのですが、あー、こんなに面白い作品だったのに、何でもっと早く読まなかったんだろうーーーと、まず思いました。
結構なボリュームですが、すぐに巨大甲殻類が来襲し、先が気になってたまらず一気に読了です。

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舞台は神奈川県の横須賀。

米軍横須賀基地が市民に基地を開放する春の桜祭りの日、海から巨大甲殻類が襲来。

警察では勝ち目の無い闘いでありながら、健闘すればするほど何とかなると、なかなか限界を認めない本部や政府、次々と犠牲者が出る中、ようやく官邸は自衛隊の災害派遣を決定する。

が、しょせん災害派遣であり、軍事展開を認められていないため防衛は機動隊の任務であることに変わりはない。
防衛線では熾烈な闘いを繰り広げてるのに、市内でのSATの狙撃に批判の声があがる。
市民は守られて当然、狙撃をしなければならないのは警備の仕方が悪いからだと容赦ない。
早期に自衛隊に掃討させるため、恥をかくために恥をかけと言われ、米軍の出動と言う国辱を救う為に誇りを持って壊走(戦いに負けて逃げること)することを呑む機動隊。

殲滅できる能力がありながら武器の使用が認められないため、目の前で機動隊員が犠牲になろうとも歯噛みをしなければならない自衛隊員。
自衛隊の手を借りようとしない警察に、こんなときまで縄張り意識かと悔しがる隊員に指揮官の金岡一曹は言う。
「口を慎め」
「彼らはこの壊走を任務と言った。誰にも言い訳できないこの不名誉を、彼らが誰のために任務としていると思う」

その後、防衛出動は認められなかったが、自衛隊の火器使用が可能になる。
官邸対策本部の協議の争点は火力の制限。ヘリの使用目的、射撃の範囲、角度、方位の制限などなど。

自衛隊に戦闘を交替した機動隊はTVでその圧倒的な殲滅を目にする。
縄張りの問題で、ろくな火器もなく、巨大甲殻類と戦わなければならなかった機動隊員。
無駄で重大な犠牲を強いられる意味は何だったのか。
自衛隊さえすぐに出ていれば…。
県警第一機動隊長・滝野警部は言う。
「架空の可能性を惜しむな」
「俺たちはそういう国の役人だ」
「次に同じようなことがあったら今より巧くやれるようになる、そのために最初に蹴つまずくのが仕事なんだ」

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ここでは省きましたが、県警本部警備課の明石警部や、警察庁警備部参事官の烏丸警視正の画策無くして自衛隊の早期出動はなかっただろうと思いました。

実際、阪神・淡路大震災のとき自衛隊は待機していたもの、出動するには県知事の要請が必要で、被害状況把握の混乱により、出動要請が大幅に遅れました。
このときも1人の役人の機転により自衛隊が出動できたそうです。

有事の際、一番効果的な手段を考え、行動できる人がいるかいないか、そして、かたくなな思想信条で武器の使用を否定したり批判することは、被害の度合いを大きく左右することなのだと改めて思いました。


単なる戦闘モノではなく、防衛、教育、地域などの社会問題を織り込みつつ、潜水艦に避難した15名の子供たちと自衛官2人が繰りひろげる物語も盛り込み、そして緊張のあとの爽やかなラスト。
ほんのり甘い恋愛もプラスされてるところも良かったです。

とにかくいろんなことを考えさせられる内容なのに、決して散漫にならない著者の文章力と、読んでいて映像が浮かぶほどの表現力。
随所にちりばめられた繊細な心理描写に彩られた秀逸な作品でした。


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