■葛布②貴族、武士の好まれた草木布
“木綿(ゆふ)”といわれる草木布は、もっぱら庶民や農民の衣類でしたが、葛布は、織りあがった布に艶やかな光沢があり、ひときわは美しく、養老律令には葛布を皇太子の色である黄丹に染めたとあり、かなり身分の高い人の衣服として用いられたようです。また葛布は貴族の間では喪服や袴に用いられ、特に「けまり」の時には葛布で作った指貫(さしぬき、裾を紐でくくるようになっている袴)に用いられました。さらに鎌倉時代から戦国時代には、葛布は軽くて通気性が良く、また武士の好んだ直線が出せるところから、多くの武将たちに着用され、江戸時代には、袴、裃、陣羽織、乗馬用袴等に用いられていました。葛布の産地としては、東海道の要所であった遠州(静岡県西部)掛川が鎌倉時代から製法を受け継ぎ、特産品として裃や袴、合羽などに大変珍重され、有名でした。
葛布作りの工程
1・生蔓を採る 葛はどこにでも生えますが、生える場所によって質が異なるため、山の平地に這い、互いに絡み合っていない「這い蔓」といわれるものの中で、その年新しく根から直接発育した蔓が良質で「一番蔓」といわれています。女性の小指ぐらいの太さで、日陰から日向を求めて真っ直ぐに伸びたものを6月下旬までに刈り取ります。刈り取った蔓は葉を取り、蔓が14,5本くらいになったら、蔓の根本をまとめて縛り、束を丸い輪につくって、数箇所を括っておきます。
2・生葛を煮る 刈った葛は、あまり時間をおかないで、野天で葛束が十分入る大きさの釜に水を入れ、よく沸騰させ、この中に葛束を入れ、時々上下を返しながら15~20分ほど煮ます。このとき火加減を注意しないと、の光沢がなくなってしまうそうです。釜からあげた蔓は、すぐに清流につけ、12時間前後そのまま浸けておきます。鎌倉時代以前は、煮ないで2週間ほど田に浸けておき、粗皮を腐らせてから川で洗い流し、を取ったそうですが、光沢も色も悪かったようです。
3・発酵させる 発酵させるために土の上に麦わら、枯れ草を敷き、その上にススキなど色素の出にくい青草を刈って敷いて室(床とも)を作り、その上に葛束を並べ、さらにその上を厚くススキの葉などで覆い、さらに菰やビニールシートをかぶせ、石で重しをして、発酵温度に注意しながら毎日発酵状況を確かめ、2~3晩おき、葛の表面がぬるぬるして容易にはがれることを確かめてから室から出します。
4・丸洗い、芯抜き 葛束を解き、長く延ばして川の流れで発酵した葛の表皮を十分洗い落とします。外皮と芯の間の靱皮が糸となりますので、根元を片手で持ち、もう一方の手で靱皮を剥がし、木質部を引き抜きます。靱皮は蓑虫状に手に残ります。これが芯抜きで、汚れが残ると葛糸の品質を悪くなりますので、良く洗い落とし、左手の親指と小指に8の字を書くように掛けていきます。これを「手溺・テガラ」といい、この段階で靱皮を「葛」といいます。
5・糟洗い 葛のテガラを桶に入れ、米糠汁に一晩漬け、更に川漬け、テガラを延ばし、仕上げ洗いをします。
6・乾燥 石河原の上に葛苧を広げて干し、生乾きの時に元から先に向かってしごいて縮を防ぎ、苧と苧を良く振って離れさせます。 石河原の上で干すのが、最も純白に仕上がるのだそうです。乾燥した葛苧は、ここで完成品となります。
7・績み、ツグリ作り 葛苧を巾1~2mm位に裂いて、糸の端を唾液でぬらしながら、葛結びと言う独特の結び方で結び、績んだ糸を輪をかくように桶の中に重ねてゆきます。苧桶が一杯になったらそっと裏返し、別の桶または新聞紙などの上に移します。この績み苧の上に大豆や小石などを置き、糸を引き出すときに糸が絡みあわないようにおもしにします。この葛糸をつぐり棒と呼ばれる丸い15cmほどの棒に、8の字をかくように糸を巻きつけていき、一握りほど巻いたら、棒を抜きます。杼に入れるため、撚りがかからないようにする巻きかたで、これをツグリといいます。
8・織り 葛布はほとんどが平織りで、用途に応じて経糸はシルク、麻、木綿等を用い、緯糸のみ縒りをかけない葛苧を用います。杼は葛専用の底がある舟形をしているのが特徴です。葛糸は激しい操作を嫌うので、動力にかからず、昔から手機で織られる。織り終わったら機からはずし、しけとりというひげを取る作業を行い、その後練りと照りを出すために砧打ちを施します。