今年の10月1日から、社会保険の適用範囲がさらに拡大されるとのこと。パートやアルバイトなどの短時間労働者で、1週間の労働時間が20時間以上などの条件を満たした人の社会保険については、これまでは従業員数が101人以上の企業で適用されていました。
この10月からは、その適応範囲が従業員数51人以上の企業に拡大されることになり、厚生労働省によると(社会保険への)新規加入者は約20万人に上ると試算されています。
そこで(現実に)大きな影響を受けるのが、非正規雇用の代名詞ともなっている「パート主婦」の皆さんです。彼女たちの多くは会社員の夫の「扶養」に入っていて、保険料を負担することなく夫の勤務先の健康保険に加入しています。もちろんこの状態は、彼女たちの社会保険料(雇用者負担分)を負担せずに済んできた企業にとっても、(安く雇える労働力として)多くのメリットを与えてきたわけです。
「従業員数51人以上」と言えば、地域のスーパーマーケットや小売業などの中小企業の多くが該当することになり、(現在把握されている)20万人という想定以上に影響が広がることも考えられます。
社会保険の適用範囲を広げ制度に守られた(というか、制度に囲い込まれている)「主婦」の垣根を下げることで、(いわゆる)「年収の壁」を突き崩し、彼女たちを(公平な)労働市場に解き放つことができるのか。
10月7日の経済情報サイト「DIAMOND ONLINE」にフリーライターの早川幸子氏が『今すぐ「年収の壁」をぶち壊すべき納得の理由』と題する一文を寄せていたので、その指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。
早川氏によれば、そもそも社会保険制度における「被扶養者」は、(国民健康保険とは異なり)健康保険や共済組合などの被用者保険にしかない概念とのこと。被保険者(加入者本人)と生計維持関係にある配偶者や子ども、親などの親族が、保険料の負担なしで給付を受けられる特典を指していると氏は説明しています。
そこには所得要件があり、現在は被扶養者の年収は130万円未満(60歳以上、または障害年金受給者は180万円未満)で、被保険者の収入の2分の1と決められている。これを超えると扶養から外れて、自分で保険料を負担して国民健康保険や勤務先の健康保険に加入しなければならないということです。
もちろん、扶養から外れ新たに社会保険に加入するということになると、(保険料負担により)目先の手取り収入は減ってしまう。そこで、この「年収の壁」を超えないように労働時間を調整し、被扶養者の立場を利用し続けるのが「賢いパート主婦」とされてきたと氏は言います。
しかし、短時間労働者の中でも、こうした「お得な」制度を使えるのは、家族が会社員や公務員などで被用者保険に加入している人だけ。同じパート主婦でも、夫が自営業者の場合は国民健康保険に加入して保険料を負担しなければならないし、シングルマザーの場合は、その収入で子どもの分の保険料も負担している。同じ職場で同じように働いている短時間労働者なのに、家族の職業によって社会保険料の負担が左右されるのは不公平と言わざるを得ないというのが氏の指摘するところです。
そもそも、「被扶養者」は、太平洋戦争開戦の翌年に行われた1942(昭和17)年の健康保険法の改正で導入されたもの。「産めよ増やせよ」のスローガンのもと、女性(妻)の役割は(立派な兵隊さんとなる)子どもを産み育てることとされ、男性(夫)に扶養される存在として意味づけられていたと氏はしています。
健康保険をはじめとする社会保険も、総力戦体制を後押しする観点から1940(昭和15)年4月に家族の医療給付がスタート。被保険者に生計を維持されている家族(世帯員)が病気やケガをした際はその医療費の一部が補給金として給付されることになり、被保険者が徴兵された場合も家族の医療費の補給が行われることになったということです。
この家族給付が1943(昭和18)年4月に法定給付となり、この改正で給付を受けられる世帯員を「被扶養者」と呼ぶことが決められた。同時に「配偶者分娩費」も創設され、夫に扶養される妻は保険料の負担なしで健康保険から給付を受けられる仕組みが誕生したと氏は説明しています。
そして、戦時下で国の人口増加策を後押しする形でつくられたこの制度が、戦後の高度経済成長期に「企業が社会保険料を負担せずに安く使える労働力を確保するシステム」として定着していくことになった。しかし、制度の創設から約80年が経過し、家族のあり方も雇用形態も大きく変わった今、「被扶養者」制度は就労を妨げる存在になっているというのが早川氏の認識です。
2016年以降、短時間労働者の社会保険制度は徐々に整備されてきたものの、新たに106万円という「年収の壁」がつくられたことで、これまで以上に労働時間を短縮する動きが労使ともに見られる。いくら国が適用拡大のための法整備を行っても、保険料なしで社会保険に加入できる「被扶養者」という制度がある限り、扶養の範囲内に労働時間を抑えようとする人はなくならないだろうということです。
本来、社会保険料は、その人の経済的な負担能力に応じて決められるもの。であれば、職場も収入も同じ労働者なら納める保険料も同額のはずだが、現状では、本人の働き方に関係のない夫などの家族の職業によって、短時間労働者の社会保険の負担は大きな差が出ていると氏はしています。
さて、思えば家事労働を(妻である)女性が担うことを前提とした「主婦」という言葉も、昨今ではずいぶんと古臭い響きを纏うようになりました。「ご職業は?」と聞かれ、「専業主婦」と答えるのにも(何やら)後ろめたさを感じさせられるようになった令和の時代、公平性の観点からも制度の在り方を見直す時期が来ているということでしょう。
様々な矛盾を解消し、本当に労働者を守る制度にするためには、「収入の壁」をなくさなければならない。そのためには、少しでも収入のある配偶者は「被扶養者」制度から除外し、所得に応じた保険料を本人が負担するといった大胆な見直しも検討する必要があるとこの論考を結ぶ早川氏の指摘を、私もさもありなんと読んだところです。