近年の新型コロナウイルス感染症の広がりとともに、サラリーマンの間で注目されている制度に「病気休暇」「病気休職」の制度があります。
仕事に関係する傷病の場合は当然「労働災害」の対象として休暇が認められ、給料も補償されることになりますが、問題となるのは私傷病の場合。「風邪で何日か休む」などという場合は有給の年次休暇で対応すればよいのでしょうが、うつ病などの精神疾患で出勤できなくなったり、がんや循環器などの慢性疾患にり患し療養が長期にわたることになった場合など、その制度があるか無いかで安心感には天と地ほどの差があると言えるでしょう。
因みに、公務員には人事院規則・人事委員会規則などに規定された「法定」の病気休暇や病気休職の制度があり、最大で連続90日まで有給休暇の取得が認められています。また、90日を過ぎても最大3年の範囲で病気休職を取得することができ、1年以内であれば給与の約8割が支給されるのが一般的です。
一方、民間企業の場合はどうかと言えば、(厚生労働省の調査によれば)病気休暇の制度を導入している企業は全体の23.3%と、全事業所のおよそ4分の1に過ぎません。従業員数が1000人以上の企業に限ればその割合は39.9%と4割ほどになるものの、従業員数300人~999人の場合は32.1%、従業員数30人~99人の企業の場合は20.2%と、セーフティネットの役割を果たしていないのが現実です。
「働き方改革」が声高に叫ばれるようになって久しいものの、もしもひとたび病気になったら会社は守ってくれない。病気になったのはあなたが悪いのだから「首になっても仕方がない」というのでは、一家の大黒柱として安心して働けないという声もあるでしょう。
慢性的な人手不足の中、優秀な人材を確保していくためにも病気休暇制度の整備は欠かせないと考えていた折、『週刊東洋経済』誌の8月5日号慶に慶応義塾大学教授の太田聰一氏が、「いまだ未法制、「病気休職」の制度化を急ぐべきだ」と題する論考を寄せていたので、その一部を小欄に紹介しておきたいと思います。
高齢化が進む日本では、がん、心疾患、糖尿病などの疾患で長期にわたり治療を受けながら、仕事との両立を図る人が増えつつある。しかし、それをサポートする環境は十分ではないし、コロナ禍前に「働き方改革」の一環として議論された「治療と就労の両立」も、その後やや沈静化した印象だと太田氏はこの論考に綴っています。
病気にかかった労働者が頼りにできる企業の制度として、年次有給休暇とは別に私傷病の療養のために使える病気休職・休暇制度がある。しかし、(厚生労働省の一昨年の調査によれば)その導入割合は全体の5割強にとどまり、4分の1弱の企業は、それに準じる制度すら持っていないと氏はしています。
しかし、こうした状況が法的な問題になることはない。なぜなら、労働基準法が有給休暇を、育児・介護休業法が育児休業と介護休業を義務付けているものの、病気休職制度を求めている法律がないからだということです。
例えば今、病気休職制度がない企業に勤務する労働者が療養のために休職を余儀なくされた場合、とりあえず有給を用いて対応することになるだろうと氏は言います。
ただ、有給がその時点でどれくらい残っているかはわからない。特に最近では、年間5日以上の有給取得が企業に義務付けられたように有給取得の推進が政策的に進められており、平均的な未消化有給の日数は短くなっているということです。
さらに言えば、そもそも有給休暇は労働者の心身の疲労を回復させ、仕事と生活を図るために利用されるべきもの。病気の療養のために残しておくべき性格のものではないと氏はしています。
一方、有休を使い尽くしてしまえば、(その他の制度がない企業では)欠勤扱いになってしまう。病欠からの復帰が見込まれる場合でも欠勤はあくまで欠勤であり、会社から解雇を言い渡される事態も生じうるというのが氏の認識です。
もちろん、こうした解雇が直ちに法的に有効だとは言い切れないが、失職リスクが高くなることは間違いないと氏は話しています。
実際、ある調査によると、在籍中にがんや心疾患などを患い離職に至った労働者のうち、約8%が「解雇された」ことを離職理由に挙げている。また、「治療や静養に必要な休みを取ることが難しかった」ことを理由に挙げている人も13%に及んでいるということです。
こうした状況をとらえ、太田氏はこの論考で「私は、病気休職を法制化する議論をそろそろ始めるべきだと考えている」と話しています。
人手不足で労働者側の立場が強い今は、まさに絶妙のタイミング。勿論、中小企業を通信に負担が過重になるといった批判や、労働者のモラルハザードを懸念する声もあろう。まずは最低限の休職期間の設定から考え始めても良いかもしれないということです。
私自身、病気になったらそれは自己責任、クビになっても文句が言えないような会社に勤めたいとは思いませんし、例え、「終身雇用」が時代遅れになったとしても、そうした企業は真っ先に従業員に見限られていくことでしょう。
実際、海外に目を向けても、フランスやドイツなど、法的に病気休暇制度を導入している国は決して少なくない。(比較的雇用者に厳しい)米国でも、カリフォルニアなどの州レベルでの導入事例があると氏はしています。
生産性の向上には、なによりもまず安心して働ける環境が大切となる。他国の制度も検討しつつ、日本に合った導入方法を模索してはどうかと話す太田氏の提案を、私も興味深く読んだところです。
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