MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2482 母親ペナルティと少子化対策

2023年10月17日 | 社会・経済

 働く女性が子供を持つことで、そうでないときと比べ働きにくくなったり賃金が下がったりする状況を、「母親ペナルティ」と呼ぶそうです。この「母親ペナルティ」については多くの国で研究があり、総合的に分析すると、賃金への影響は子ども一人につきおよそ4%弱にも達するとされています。

 なぜ「母親ペナルティ」は生まれるのか。その要因の一つに、出産や育児で仕事を休んだり、働く時間を減らしたりすることによるスキル蓄積の遅れが挙げられています。そしてその影響は、高いスキルを要する仕事に就く女性ほど大きくなるということです。

 さらに、「母親ペナルティ」の(もう一つの)要因と考えられているのが、出産後に会社が(その女性の)処遇を変えること。出産後の女性を配置転換により難易度の低い業務に移す(いわゆる「マミートラック」に乗せる)ことが、結果として女性のキャリアを阻害している場合も多いとされています。

 一方、男性はと言えば、子どもができたからといって「賃金が下がった」という話は寡聞にして聞きません。それは、育児の多くを女性が担っている(担わされている)ことの裏返しであり、さらにそんな男たちが(ある意味)「良かれ」と思ってやっている処遇の見直しが働く女性の足を引っ張っているというのは、皮肉な現実といえるでしょう。

 現在の日本の最大の政策課題であるとされる「少子化」や「人口減少」を解決するうえで、ワーキングマザーの働き方改革はどうしても避けては通れないハードルの一つです。「すべての女性が輝く社会づくり」が現岸田政権の基幹政策とされる中、現下の「母親ペナルティ」の解消は、政権にとっても喫緊の課題の一つと言えるでしょう。

 そうした折、9月13日の日本経済新聞の「中外時評」に、同紙論説委員の辻本浩子氏による「産める社会にかじを切れ」と題する論考が掲載されていたので、参考までにその一部を小欄に残しておきたいと思います。

 人口動態統計によると、2023年1~6月の出生数は前年同期比3.6%減の37万1052人。婚姻数も7.3%減の24万6332組にとどまっており、(コロナ禍が落ち着く中でも)出生減が加速する懸念は依然強いと辻本氏はこの論考に記しています。

 もちろん、結婚や出産は個人の自由な選択だが、若い世代の雇用の不安定さや収入の少なさが自由な選択を妨げている現実から目を逸らすわけにはいかない。実際、30代の有業男性の未婚率は年収が高いほど低い傾向があり、経済的な理由が生き方を左右していることが窺えると氏は言います。

 そうした中で注目したいのは、出産後の女性の所得が下がりにくい環境の整備が(結果として)「結婚へのハードル」を下げる可能性があるということ。女性は結婚時に夫に高い年収を求める傾向があるが、それは子どもを産んだ後の「収入やキャリアパスの見通し」に懸念があるからというのが氏の見解です。

 逆に、その影響が小さいと分かれば、女性が結婚相手に求める年収の低下につながる。結婚へのハードルを低くすることで、目下の少子化に良い影響を与える可能性が高いと氏は考えています。

 これは若い世代の希望にも沿うもののはず。実際、国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査でも、未婚の男女(18~34歳)が考える女性の理想のライフコースは「両立」がトップとされ、男性で39.4%、女性34.0%と、男性のほうがより「両立」を求めている現実があるということです。

 かつて結婚は「夫が年上」が8割を占めたのは、夫が年上なら年収が高くなりやすいという面もあったはず。それが、最新の2021年では「妻が年上」が24.1%、同い年が22.4%となっており、男女問わず今の収入を底上げし、将来への女性の不安をぬぐうことはますます重要だというのが氏の指摘するところです。

 一方、女性が働き方を変えたり退職・転職したりするなかで失う生涯賃金を示す「母親ペナルティ」という言葉がある。将来の生活の見通しが立たなければ、女性も結婚や出産を迷うばかりで先へは進めない。少子化と労働力減少が進む日本では、男女ともに働きながら結婚、子育てしやすい環境整備と、女性活躍推進を進めていく必要があると、辻本氏は改めて主張しています。

 (そうした意味で)6月に政府がまとめた少子化対策が、「若い世代の所得向上」とともに「共働き、共育て」の推進を掲げたのは大きな一歩と言える。ただし、長時間労働や転勤を前提とした旧来型の働き方をそのままにしておいて、女性に偏った家事・育児分担にも深く切り込めなければ、女性のキャリアに大きく影響するのは明らかだというのが、この論考における氏の認識です。

 男性の育休促進も、長期間にわたる「共育て」につながってこそ意義があり、育児分担や働き方が変わらなければ(1人目は持てても)2人目は難しい。育休取得率はわかりやすい指標だが、それだけでは問題の解決にはつながらないと氏は話しています。

 子育てサービスや現金給付を増やす、という少子化対策は(ある意味)分かりやすいが、必要なのは(例えば)残業を減らし柔軟な働き方を選べるようにする、夫婦での分担をうながすといったソフトの取り組みなのではないか。働き方、暮らし方の根本に関わる改革は複雑で容易ではないが、そこまでできて初めて、結婚しやすく、産み育てやすい社会の前提ができると話すこの論考における辻本氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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