子どもたちだけの遊びや留守番を「虐待」と見なし、見かけたに人は通報を義務付けるとした(議員提案による)埼玉県の「児童虐待禁止条例」の改正案。多くの子育て世代の反発を買い、撤回されたことで一躍有名となった埼玉県議会ですが、実は埼玉県には「エスカレーターでは歩いてはいけない」という(同じく自民党議員団から提案された)条例があることを知る人は少ないかもしれません。
2021年10月1日に施行され、自民党議員団が「全国初」と胸を張る「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」には「立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない」と明記されており、例えどんなに急いでいても、例えどんなに広いエスカレーターでも、埼玉県内では動いているエスカレーターの上で歩くことは許されていません。流石に「取り締まり」までは行われていないようですが、通勤の際にエスカレーター上を2、3歩歩いたあなたは、その時点で確実に条例に違反していることになります。
確かに私自身、お年寄りや障害のある方、大きな荷物を持った人の脇などを駆け上がっていくサラリーマンなどを見た際などに「あぶないなぁ…」と感じることがあり、そうしたことから議会としても(判りやすく)「禁止してしまえ」という話になったのでしょう。それはそれで(動機としては)分かりますが、だから議会で条例を作って一律に「禁止」というのも、随分極端な(そして乱暴な)やり方だと思わないでもありません。
子どもを一人にしておくのもエスカレーターを歩くものも、(現実には様々な事情があって)ともに状況を見ながら止むを得ずやっている場合が多いことでしょう。(こうして)反対の声も上げづらい中、だからと言って「正しいものは正しい」と力で抑えてしまうという発想自体が、何やら(件の)「お留守番禁止条例」に通じるところがあるような気もします。
そんなことを考えていた折、10月20日の埼玉新聞のコラム「弁護士ときどき記者」に、元読売新聞の記者で弁護士の永野貴行氏が「条例による行き過ぎた規制」と題する一文を寄せていたので、参考までにその一部を小欄に残しておきたいと思います。
埼玉県議会に提出されていた、子どもだけの登下校や短時間の留守番ですら「虐待」と見なす改正条例案が、身内の自民党を含め各方面からの反発を招いて撤回に至った。全国的な話題となり県政に汚点を残すことになったが、なぜこのような事態に至ったのか。
気になったのは、(騒動が大きくなる前の)10月5日付埼玉新聞の一面に掲載された自民党県議団のコメントだと、永野氏はこのコラムに記しています。「社会的習慣を法規範で是正していく流れを作りたい」と、そこで(条例の)提案者は語っている。そしてそこには、「間違った社会を自分たちが正す」というあからさまな「上から目線」があるというのが氏の指摘するところです。
上から目線には伏線があったと、氏はこの一文に記しています。実は10月1日は、自民党県議団が提案し条例化された全国初となる「エスカレーター規制条例」の施行から2年目の節目だった。前月末には、県知事や県会議員らがJR浦和駅周辺で条例の順守を呼びかける姿が新聞各紙の紙面を賑わせたと氏はしています。
そして、この条例の背景にも「社会的慣習を法規範で正す」という姿勢がうかがわれるというのがこの論考における氏の見解です。「エスカレーターを利用する者は、立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない(第5条)」という規定から、市民を愚弄する印象を受けるのは私だけだろうか。「廊下を走ってはいけません」と言われた小学生時代を思い出すと氏はコラムに綴っています。
(危険な状況があるようなら)エスカレーターの管理者が適正利用を呼びかければよく、条例で上から押し付けるような話ではないだろう。そして、こうした発想自体が、子どもの留守番まで禁止しようとする今回の改正案に通じるものだと氏は言います。
地方自治体に条例制定権が認められている意義は、地方の特性を踏まえた法規制が(時に)必要とされるから。翻って、子どもの虐待やエスカレーターの利用方法と「埼玉県」に特別な関係があるだろうかというのが氏の指摘するところです。
地方の特性と無関係に市民の行動を規制する条例が制定されるのは、決して勇み足で済む話ではなく、かなり危険なことだと氏は話しています。しかも、こうした条例は、「虐待防止」など誰もが反対しにくい目的が掲げられるのが常となる。権力による市民生活への過度な介入は、民主主義を根底から破壊することにもなりかねないというのが氏の認識です。
住民の自由を縛る条例は、それだけに慎重に扱わなければならないし、ピストルだって刃物だって、その危険さをよく理解している者に扱わせなければ危なくて仕方ありません。(そうした視点に立ち)手遅れにならないよう、有権者はよくよく気を付ける必要があるとコラムを結ぶ永野氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。
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