MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2002 日本の賃金水準はなぜこんなに低いのか

2021年10月28日 | 社会・経済


 内閣総理大臣に新たに就任した岸田文雄氏は、自民党総裁選において格差是正により中間層を復活させる「令和版所得倍増」を提唱しています。岸田氏は、「小泉内閣以降の新自由主義的政策は持てる者と持たざる者の格差と分断を生んだ」とし、「分配なくして次の成長はない」と格差是正を重視。アベノミクスへの「金持ち優遇」との批判に対し、金融所得課税の強化も打ち出すとしています。

 実際、平成の30年間の平均賃金の推移を見ても、日本の賃金水準の低迷は明らかです。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、1990年の平均給与は425万2000円だった平均給与は1997年の467万3000円をピークにずるずると下がり続け、2017年は432万2000円まで落ち込みます。政府は、「アベノミクスで景気回復」と実績を強調していますが、1990年からの27年間で給料がわずかに7万円しか上昇していないのでは、市井の暮らしは苦しくなるばかりと言えるでしょう。

 日本の賃金が上昇しなかった原因については様々なシンクタンクやエコノミストが分析していますが、その主な理由としては、①労働組合の弱体化、②非正規雇用者の増加、③少子高齢化の影響、④賃金配分率の低下、⑤規制緩和の遅れによる生産性の低下…などが挙げられることが多いようです。日本企業の利益構造や固定化した労働市場などが、賃金を抑制する方向に働いているという指摘です。

 それが事実かどうかは別にして、(いずれにしても)他の先進諸国と比べて異様なほど低い日本の賃金が放置されていることを、もはや世論は許してはくれない。岸田氏が掲げる「所得倍増論」の背景には、そうした危機感があるのでしょう。

 そんな折、10月3日の東洋経済ONLINEに、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄(のぐち・きお)氏が、「日本人は国際的に低い給料の本質をわかってない」と題する論考を掲載しているで、参考までにその要旨を紹介しておきたいと思います。

 OECD公表している加盟諸国の年間平均賃金額のデータ(2020年)によると、日本は3万8515ドルでアメリカは6万9391ドル。ヨーロッパ諸国を見ると、ドイツが5万3745ドル、フランスが4万5581ドル、イギリスが4万7147ドルで、日本の賃金はアメリカの約半分(55.5%)でしかないことがわかると野口氏はこの論考に記しています。

 一方、韓国の賃金は4万1960ドルで日本を上回っており、日本より賃金が低い国は、旧社会主義国とギリシャ、イタリア、スペイン、メキシコ、チリぐらいしかない。日本は、賃金水準で、いまやOECDの中で最下位グループに入っているという事実を、まずは受け止める必要があると氏はしています。

 これでは、日本で得た賃金を外国で使っても、あまり大したものを買うことはできない。日本人が豊かな老後生活を送るためには、アメリカや英独仏、あるいは韓国などに出稼ぎに行くことを、真剣に考えなければならない時代になってきたというのが氏の認識です。

 ここで示したOECDの数字は、2020年を基準とした実質賃金を、2020年を基準とした購買力平価でドル表示したもの。物価の変動を除去した実質賃金であり、また為替レート変動の影響を除去した平均購買力を示すものになっているということです。

 つまり、日本の賃金が国際的に見て大幅に低い状況は、企業の支払いが悪いことばかりが原因ではないということ。もしも、マーケットが正常に機能していれば、日本製品の価格が安いのだから日本の輸出が増え、円高になるはずなので、日本人の購買力は大きく増えていてもおかしくないというのが氏の見解です。

 しかし、円高になると、輸出の有利性は減殺される。本来は、円高を支えるために、企業が技術革新を行い生産性を引き上げねばならない。それが大変なので、安倍政権は強力に為替相場の円安への誘導を図ったと氏は説明しています。しかしこれでは、手術をせずに、痛み止めの麻薬に頼ったようなもの。このため、日本の実質賃金が犠牲になったというのが氏の指摘するところです。

 アベノミクスのインフレ目標である2%はここ10年達成されてきませんでしたが、実は物価が上がらないのが問題なのではなく、実質賃金が上がらなかったことが問題なのだと氏はこの論考に綴っています。

 賃金が上がらず、しかも円安になったために、日本の労働者の暮らしは国際的に見て貧しくなった。日本の企業が目覚ましい技術革新もなしに利益を上げられ、株価を保っていられるのは、アベノミクスが日本の労働者を貧しくしたから。そして、それこれこそが(与党が実績として強調する)アベノミクスの本質だとこの論考を結ぶ野口氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


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