MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1958 米中対立の長期化は悪いことではない?

2021年09月07日 | 国際・政治


 国際社会において、誰もがその行方に不安を感じている「米中対立」の現状に関し、多摩大学教授の國分俊史氏が8月5日の日本経済新聞(コラム「Analysis」)に、「米中冷戦の決着を急ぐと、最悪の結果を招く恐れがある」とする興味深い論考を寄せています。(コラムAnalysis『「冷戦長期化は有益」の視点を』2021.8.5)

 米中冷戦は30年以上続く可能性があると聞くと、多くの企業人はけげんな表情を浮かべる。しかし冷戦が長期化する方が、日本および世界にとって有益だという考え方に人々は気付いていないと、國分氏はこの論考の冒頭に記しています。人々は、冷戦が実際の戦争(熱戦)にならない状態こそが平和な状況だという理解に乏しい。(過去の歴史を見ても)十分な準備ができていない状態で勢力均衡が大きく崩れると新秩序が台頭するまでに混乱が生じ、現状変更を仕掛けようとする勢力の動きも活発になる(場合によっては軍事衝突につながる)というのが氏の指摘するところです。

 冷戦を引き起こさない努力と、起きてしまってからの努力では、必要となる力の量が全く異なると氏は言います。米中冷戦が起きないことを願ってきた人々は、起きてしまった状態に早く蓋をして、鎮静化したいという思いに駆られて早期決着を望みがちとなる。しかし、そうして(解決を)急ぐことこそがさらに緊張感を高め、往々にして最悪の結果を招くというのが氏の見解です。

 氏によれば、米国がトランプ政権下で始動させ、バイデン政権でも変えていない対中政策の唯一の骨子は「中国の不当な方法による成長を遅らせる」ことだということです。例えば、米国の新興技術分野での対中輸出規制の継続や対米外国投資委員会(CFIUS)の一層の強化策も、その一環と考えられる。中国によるサイバー攻撃や強制労働などを活用した健全な競争に基づかない技術開発を阻止し、中国の追い上げ速度を「遅らせること」を目的とするものだと氏は説明しています。

 そういう意味では、米国が問題視しているウイグル地域などにおける少数民族の人権問題や強制労働問題などもその一例だと氏は話しています。不当な労働は健全な価格競争をゆがめ、常軌を逸した低価格で市場を独占し、その企業が力の均衡を急激に崩す恐れを生むことに繋がる。(「ユニクロ」などでも問題視された)サプライチェーンでの人権リスクを調査・対応する「人権デューデリジェンス」は、これを回避するルールに位置付けられるということです。

 さらにもう少し長い目で見れば、香港における言論への政治的な圧力の強化、貧富の格差の拡大や学生への弾圧などに端を発する国内の治安崩壊による国力の低下も、米中冷戦を短期決戦に導きかねない要因になると、氏は懸念を表しています。共産党の国民へのガバナンスの低下は国内のストレスを増大させ、結果として外に向かう力に変換される。14億人の中華人民のナショナリズムが米国をはじめとした自由主義諸国に向かえば、日本などはその手始めにとして最初のターゲットになりかねないことでしょう。

 そういう意味で言えば、中国内政の不安定さは、周辺国にとって決して良い方向には働かないと考えられる。中国にいたずらにプレッシャーをかけ、国際社会で孤立化に追い込むことが、必ずしも私たちのメリットにつながるとは限らないということです。
 さて、そうした中、日本企業にはどのような振る舞いが求められるのか。

 まずは「冷戦を長期化させること」が日本としての一大戦略であり、それに貢献できるように戦略をリンクさせることが最大の社会的責任であることを理解する必要があると、氏はこの論考に綴っています。中国の市場占有速度を遅らせ、または、中国の寡占状態を解体するルール形成に対し安全保障戦略の意図を深く理解すること。それぞれが自らの変革を強いられるルールでも、肯定的に受け止め、機会に転じていかねばならないというのが、この論考で氏の指摘するところです。

 例えば、米中が協調領域に位置付けた気候変動政策についても、冷戦を長期化させるルール形成を日本企業はリードできるはず。今は二酸化炭素(CO2)だけが議論の中心だが、地下水の存在量低下なども含め高度なルールを形成するテーマ数を増やすことで、冷戦の長期化に寄与できるというのが氏の認識です。

 大きなものから小さなものまで、様々なルールの枠組みに中国を組み入れることで、中国を公正・平等な国際間競争に導くとともに、対立を長期化させることに繋がっていく。米中対立が、歴史的構造的なものであればあるほど、こうした粘り強い努力が大きな衝突の回避に重要な意味を持つと考える國分氏の視点を、私も興味を持って読み取ったところです。



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