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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2181 管理職がテレワークを嫌うワケ

2022年06月14日 | 社会・経済

 日本経済新聞は5月16日の紙面に、「テレワーク定着へ知恵を絞ろう」と題する社説を掲げています。新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として広まったテレワーク。各企業はこれを一過性の取り組みに終わらせることなく、定着を目指してほしいというものです。

 4月に行った日本生産性本部の調査では、コロナ収束後もテレワークを続けたい人は約72%にのぼり、在宅勤務に慣れ仕事の効率が上がったという人も60%に及んでいるとのこと。経営サイドも、働き方の選択肢を広げることが優秀な人材の確保に繋がり、企業の成長を促すという視点を持つべきだというのが記事の指摘するところです。

 しかし、その一方で、日本を代表する経済紙にこうした社説が出ること自体、もしかしたら(一時は自明のことだった)テレワーク・在宅勤務がコロナの感染縮小とともに形骸化し、コロナ前の状況に後戻りしていることの証左なのかもしれません。

 確かに、朝夕の通勤電車の混雑具合から見ても、毎日の「出勤」は既に当たり前になりつつあるようです。こうした状況では、(特に理由もないのに)職場の上司に「それじゃ明日はテレワークで…」と言い出すのは、若手の社員にとってかなり勇気がいることでしょう。

 新型コロナによる緊急事態宣言とともに、日本の企業に一旦は定着したかに見えたテレワークは、なぜ多くの職場で元に戻ってしまっているのか。4月18日の「東洋経済オンライン」に、同志社大学教授の太田 肇(おおた・はじめ)氏が「あなたの上司がムダに出社させたがる本当の理由」と題する興味深い論考を寄せています。

 テレワークの導入によって、日本の「働き方改革」は一気に進むかと思われた。しかしコロナの感染者数が減ると、瞬く間に通常勤務へ戻されていると太田氏はこの論考に綴っています。

 氏によれば、コロナ禍の蔓延を受けてテレワークの導入が盛んに議論されたころ、企業研修で管理職と非管理職の双方にテレワーク導入の賛否について話し合ってもらったところ、非管理職には賛成派が圧倒的に多かったのに対し、管理職では反対派が多数を占めたということです。

 上司の立場からすれば、目の前に部下がいないと管理が難しいのはよくわかる。まじめに働いているか、間違った仕事をしていないかと不安にもなるだろうと氏はしています。

 そればかりでなく、大部屋で一緒に仕事をしていれば、部下どうしの何気ない会話やちょっとした態度の変化も伝わってくる。それによって自分がどれだけ部下に受け入れられているか、自分の指示に対して部下がどう反応するかもわかる。一方、テレワークでは、そうした細かい情報が得られないということもあるかもしれないということです。

 しかし、上司がテレワークを嫌う理由はそれだけではないと、氏はこの論考に記しています。

 テレワークは組織の境界を容易に越えていく。社外の人とコミュニケーションをとるのは簡単だし、いくらでもネットワークを広げられる。(そうした中)部下は上司の知らない人とつながりを持ち、コントロールできない世界に入っていく。情報のゲートキーパー(門番)としての役割を担ってきた上司の存在感は、それだけ薄れることになるということです。

 さらに、テレワークの浸透によって管理職が受ける、もっと大きな影響があると氏は言います。

 管理職が訴える「管理の難しさ」の背景には、従来のような管理手法そのものが問われている現状があるとも解釈できる。少なくとも、屋上屋を架すかのような組織の階層こそ、非効率の原因あるのではないか。「そもそも管理職がこれほどたくさん必要なのか」という従来から指摘されていた問題が、テレワークを機に改めて炙り出されようとしているというのが氏の認識です。

 そもそものところ、「偉さ」という管理職の権威は、(明らかに)テレワークとの相性が悪いと氏はこの論考で指摘しています。

 「偉さ」は上下関係のなかで生まれるものだが、テレワークの世界はフラットで対等な関係が基本になる。したがってテレワークの世界に「偉い」という概念はなじみにくいと氏は言います。

 テレワークは有名企業、一流企業の社員という組織の「後光」を失わせるだけではない。ただでさえ管理職の地位そのものが揺らぎつつある組織において、そこに構造的な変化を強いるのがテレワークだというのが氏の見解です。

 管理職の仕事のなかで大きな比重を占めているものに、情報の仲介や集約、それに仕事の配分などがある。たとえばトップからの要求に応じて部下に現場の情報を求めたり、部下の仕事をまとめて上に報告したり、新たな仕事が入ってきたとき部下にそれを割り振ったりするのがその具体例だと氏はしています。

 しかし、電子メールやITツールが発達した現在では、必要ならトップがいつでも現場に直接聞くことができるし、現場の情報をまとめるのも専用のソフトを使えばよい。そのほうがはるかにスピードは速いし、バイアスも入らないということです。

 また、客先から担当者に直接仕事が入ってきて、担当者が(その場で)自ら判断しなければならないケースも増えていると氏は言います。その結果、上司が窓口を一本化して部下に仕事を割り振るというスタイルが一般的ではなくなった。このように仕事の進め方そのものが従来のトップダウン型からボトムアップ型に変化すると、必然的に管理職の存在感は小さくなるということです。

 さらに、IT環境の変化によって外部とのコミュニケーションやネットワーク形成が容易になり、外部人材を取り入れたプロジェクト・ベースの仕事の比重が高まったことにも注目する必要があると氏は話しています。

 それらの仕事の多くは、社内における特定の部署の枠に収まらない。それはとりもなおさず、旧来の縦割り型の組織が空洞化しつつあることを意味しているということです。

 結局のところ、仕事をフラット化し明確に分業化していくテレワークは、階層化した組織になじまないということ。職場の中間管理職はそうしたことが感覚的にわかっているからこそ、テレワークの導入に不安を隠せないということなのでしょうか。

 なぜ日本の企業は、こうも社員たちを「出社」させたがるのか。そこには閉ざされた組織に巣くう、特異な「承認欲求」が大きく関係していると説くこの論考における太田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。

 



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