MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2182 ロシアは頭ではわからない

2022年06月15日 | 国際・政治

 最近、よくテレビの報道番組などで「ロシアの専門家」と紹介され、コメントを求められているのを見かける東京大学先端科学研センター専任講師の小泉悠(こいずみ・ゆう)氏。長年にわたるロシアの安全保障政策や軍事の専門家であり、その冷静かつ淡々とした語り口は、聞く人に(不思議な)安心感を与えます。

 聞けば奥さんはロシアの方とのこと。外務省国際情報統括官組織専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを経て今年1月に現職に就き、今ではまさに「時の人」となった観があります。

 そんな小泉氏が、総合経済誌の「週刊東洋経済」(2022.6.4号)に掲載されたインタビュー記事(「暗い繊細さで生きる人々ー歪んだ権力構造と超格差社会」)において、普段はあまり知ることができない「ロシアの国民性」についてざっくばらんな印象を残しているので、この機会に(小欄でも)紹介しておきたいと思います。

 ロシアという国は、一言で言えば社会の中にものすごい不満が渦巻いている国だとだと、氏はインタビューに答え話しています。

 「自分は他人を信用せずに行動する。それは向こうも同じはず」という見方が(多かれ少なかれ)社会で一般化している。なので、旅行で日本に来たロシア人が(日本人に)親切にされたりすると、(何か裏があるのではないか…と)彼らはすごく警戒するということです。

 社会に対しても、ロシアの公的制度やシステムに対する信頼の薄さが基本にあって常に身構えてしまう。逆に、信頼できるのは身内だけなので、身内に対してはとことん甘いと氏は言います。自分の身は自分で守り、身内で結束し他人は出し抜こうという社会。氏はそんな印象を強く持っているということです。

 ロシアに暮らす人々が持つそうした不信感は、一体どこから生まれたのか。氏は、それはロシア革命により共産化する際、(資本主義の洗礼を受けずに)帝国のまま近代に突入してしまったことの宿痾ではないかと説明しています。

 (スターリン時代から)ある程度挽回していたソ連の仕組みは1990年代に崩壊し、万人の闘争状態に突入した。巨額の賄賂を払える人やマフィアが好き勝手する社会。プーチン政権下公的制度もある程度は回り始めたとはいえ、相互不信を解消できずにここまで来ているというのが氏の認識です。

 問題が起こると、正攻法よりも裏技で解決しようとするのがロシア人。もちろん、そこには、頂点で賄賂を受け取る人と、賄賂を上手に贈れる人、そして賄賂を贈ることができずにどうにもならない人の三種類がいると氏は言います。

 ロシアの社会で上手くやっていくには、誰に、どんな状況で、いくら渡せばいいのか、信頼できる仲介者は誰なのかを機敏に察し、常に理解しておかなければなならないということです。

 ロシア人に対し、(クマのような)鷹揚なイメージを抱いている人もいるかもしれないが、彼の国の人たちは非常に暗い、繊細さを持った人たちだとこのインタビューで氏は話しています。

 社会全体が暗い繊細さで回っていると言ってもいい。信頼できる身内の中では適当に暮らしていけても、コミュニティー間の関係は常にギスギスしている。とはいえ、妙にかわいい純朴な部分も根っこにはあったりして、それはまるで、暗いしたたかさの裏返しのようでもあるということです。

 伝統的にそんな環境にあることもあって、現在のロシアはものすごい格差社会になっていると氏はしています。プーチンと周囲が富の大部分を握り豪華絢爛な暮らしをする一方で、田舎に住む庶民は想像を絶する貧しい暮らしを強いられている。

 モスクワとサンクトペテルブルクだけを見ていると、その中間層も存在するのではないかと錯覚してしまうが、それはほんの点に過ぎないというのが氏の感覚です。

 言うなればプーチンの権力自体が、豊富な国富をエリートたちに分け与えることで忠誠を確保するというシステムで動いているので、公平に分配するなどということは望むべくもないと氏は言います。 

 「自分たちが国家の主である」という主体性を持つ国民をロシアは育ててこなかったし、みんなが国家の大事を我が事として考え政府の不正を正す…というような社会は、ある程度豊かでなければ生まれないということです。

 しかし、そうした彼らが唯一誇りにし、自信の根源ともなっているのが、世界一広大な国土を持ち、東の盟主として国連の安保理に名前を連ねてきたという「大国意識」だと氏は指摘しています。

 で、あればこそ、ロシア人にとってソ連が崩壊し超大国の地位を失ったことがどれだけ屈辱的であったことか。大国であることへの誇り。大国であるというよりは、「ロシアは大国でなければならない」という意識、「俺たちは大国として振舞うぞ」といった上から目線が彼らの根底にはあるということです。

 もちろん、プーチンの意識もそうしたプライドで成り立っている。プーチンの世界観の中では、同盟に依存せずに安全保障を全うできる国だけが主権国家を名乗る資格がある。そういう意味で言うと、米国の保護下で自立できない日本は、主権国家の枠組みにさえ入れてもらえてないだろうというのが氏の指摘するところです。

 さて、こうして「ロシア人」という存在に対する小泉氏の認識を追ってきましたが、もちろん一口に「ロシア人」と言っても、明るい人もいれば暗い人もいる。素直な人もいれば疑い深い人もいることでしょう。

 しかし、旧ソ連時代も含め(モスクワとサンクトペテルブルクにしか滞在したことのない)数少ない私のロシア体験においても、彼らへのイメージは小泉氏とそう大きく変わるものではありません。

 「ロシアは頭ではわからない(ロシア人の考えていることは理屈では理解できない)」とは、ロシア帝国の詩人チュッチェフの有名な言葉ですが、ロシア国民が生き抜いてきた厳しい自然環境と、それにも増して厳しい社会の理不尽さが、彼らのタフさの根底にあることは想像に難くありません。

 ロシアで世代を重ねるというはかくも苛烈なものであるのかと、氏の指摘を読んで私も改めて感じたところです。

 



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