五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

カッター廻漕の結論

2009-05-14 03:52:31 | 五高の歴史
カッター廻漕の結論を言えばこの五高50年史での七カッター来るの事項でも決して三〇名の若者が佐世保鎮守府から江津湖まで廻漕して来たということは記載されていないし、ただ廻漕はこのように大事であったと言うことで、廻漕の際には、準備万端整えて、準備も握飯2箱、菓子類4箱、梨及び鶏卵数十個、賽丹数袋、飲料水10余瓶、照前灯4個、蝋燭数斤等を備へ、本校生徒16名の外、元本校生徒1名、商船学校生2名、攻玉社生徒1名、済々黌生徒5名、数学院生及び鵬翼舎生徒5名、総計で凡て30名の生徒が、非常なる意気込みを以て漕いで来た者である。と言う所が強調されこの五十年史の記載がその後には漱石の百円弁償、端艇部長辞任問題と結びつけられて、時の著者によって面白くフイクションされているのである。 終