月岡芳年 月百姿
『鶏鳴山の月』 子房
けいめいざんのつき しぼう
明治十九年届
張良(ちょうりょう) は秦末期から前漢初期の軍師。子房は字となる。
生年不詳~ 紀元前186年
楚漢戦争で劉邦を支え400年続く漢帝国を誕生させる。
国立国会図書館デジタルコレクション 057
秦が亡びた後、楚の国王項羽(こうう)と
漢の国王劉邦(りゅうほう)が覇権を争っていた。
長い戦いの末、項羽は垓下という町に追い詰められる。
張良は敵陣を見渡す山に登り楚の国の曲を奏でた。
「垓下(がいか)の戦い」
優勢に立つ漢軍は圧倒的な軍勢で、楚の陣の周りを取り囲みます。
ある夜ふけに陣を取り囲む漢軍から、楚の国の歌が聞こえてきました。
この歌を聞いて楚の多くの将兵が涙をながし、望郷の想いにふけります。
ある者は故郷に帰る為に脱走し、またある者は漢に投降していきました。
こうしてほとんどの将兵が、項羽のもとを去っていったのです。
寝ていた項羽も陣の四方からこの歌が耳に入り
味方がほとんどいないことを知り
自らの命運の尽きたことを悟り嘆きます。
これが、四面楚歌の語源です。
項羽と虞美人の話のほうがもっとドラマチックだったんですがねえ。