シニア・ソレイケ

昭和生まれ専科

有老有死

2012-03-25 | 思いつくまま


先日「不老不死」についてアップロードしたら、女性の知人からこんな問い合わせが届いた。

彼女はロスに永く住んでいる日本人の主婦だが、最近隣人のお婆さんが91歳で亡くなり、そのお葬式(勿論、キリスト教)で女性の神父(?)が「今日は、彼女がこの世の苦しみから解放されて天国に行ったことを、みんなで Celebrateしましょう」みたいなことを言っていたそうだ。

彼女は続けて「そのスピーチの中でCelebrateという言葉が頻繁に使われていて、不思議と、自分も辛い気持ちが少しずつ和らいでくるんですよ。 このおばあちゃんは、Methodistでしたが、仏教でも、やはり人間は死ぬと生きている間の苦しみ(煩悩?)から解放されるという考え方するんでしょうか」という問いかけがあった。

それに対して小生は「どの宗教も、バカでもチョンでも死んだら急に「天国の住人」か「ホトケの座」にアップグレードされるので苦しみから解放されるといいますが、誰も見たことがないから分かりません」と答えた。しかし、これもエアラインのマイレージ・メンバーみたいに善行の数によってアップグレードされるということになると、小生のようにUnited, American Airlineなどいくつかのメンバーシップに分散しているような人間にはちと困る。天国でも、文字通りスター・アライアンスを組んで善行の点数が共通に使われることを祈るばかりだ。

ところで、仏教でもいろんな宗派があるけど、基本的には死んだら何もなし。尤も生きているから苦しいんで、じゃあ死んだら楽かというと、それらを感じられないことを「死」というんだから、どうなんだろう。 間違いないのは、その線を越えるとき結構怖かったり苦しんだりするんだろうから、あまり楽とは思えない。

それでも仏教では有難いことに、この世で悟りを開けなかったら何度でも輪廻すると教える。 ということは、悟りさえ開かなければ何度でも人生やり直せるチャンスがあるということになり、お得感があるが、問題は「何に生まれ変わってくるか」だ。 以前、植田まさしのマンガで、不自由を嘆いて自殺するオトコが、生まれ変わったら自由に空を飛べる鳥になりたいと願って死んだら、ペンギンに生まれ変わったというのがあったが、間違ってもフンコロガシや餌を横取りするハイエナなどには生まれ変わりたくないし、それを考えると、うかうか死ねない。