姉小路家主催の舞踏会が開かれる。
この手の情報はすぐさま伝わる。そのため母が「決めた」と云った翌日には、華族仲間が大勢押しかけてくる結果となった。
「莫迦莫迦しい。鹿鳴館へ行けば分かることを何故聞きに来るのだろう」
女たちの関心が専ら衣装のことだと知ると、孝彌はアトリエへと逃げ出した。
舞踏会らしく洋装のドレスを用意すると某宮家の奥方が云えば、西洋の猿真似など止めるべきだと色留袖を誂えた某大物議員の奥方もいる。
今回の会には姉小路家の三兄弟が揃うと聞き、娘の社交界デビューにすると云い出す家もあった。
その母が、まさか花音を社交界に出すためだけに今回の舞踏会を開くとは、誰一人思い及ばなかった。
そんな話を延々とすることに何の意味があるのだろうと、孝彌は愛想笑いのなかにも引きつる思いを抱き、画を描くことを理由に早々に部屋を後にした。
「花音。おばさん達が帰ったら、母さんがここへ来ると云っていたよ。きっと舞踏会で着る服のことだろう」
いつもの椅子に座る花音。
いつものようにスケッチブックを手にする孝彌。
いつもと変わらぬ時間は流れる。
しかし、少しずつ変わるものがあることを孝彌も花音も感じ始めていた。
「お前は何を着たいと思う?」
孝彌の言葉に花音は微笑む。
「お母様が用意して下さるのなら、何でも」
そこで下を向き、少しだけ視線を泳がせる。
「何だい?」
孝彌のそんな問いかけに、黙って首を横に振る。
花音は自分のことを話さない。きっと、ここで聞いても何も答えないだろう。
確かに自分の希望など通ることはないと、誰よりも花音が知っている。
(僕は花音に何を着せたいのだろう)
孝彌に、そんな思いがよぎった。
暫時、下絵を描きながら時を過ごした。大人たちの喧騒を笑い飛ばせる余裕もできた頃、扉をノックする音がした。
「母さんだね」
そう云いながら、孝彌が扉を開ける。
果たして、そこには大きな箱を持った母が立っており、失礼しますよと入ってくる。
花音が箱を受け取ると、そのまま箱を開け中からドレスを取り出した。
「うわ~、綺麗」
思わず花音が呟いた。
「気に入ってくれたようですね。孝彌さん、貴男はどう」
自信満々の母の顔は、孝彌の意見など聞かずとも分かっていると云いたげだった。
綺麗だね。まるで西洋の花嫁衣裳のようだ。
そう云いたかった。
でも云えなかった。孝彌には云ってはいけないような、そんな言葉に思えた。
真珠色の生地に、立てた襟には薄い透き通る布がついている。
外国製のレースが全身につけられ、胸元と袖口、そして裾には本物の真珠が縫い付けられていた。
孝彌の感想を聞く前に、母が花音にドレスを着せている。
部屋を出ることも後ろを向くことも忘れ、花音がドレスを身につける様を見つめていた。
肩がすっかり出てしまうローブデコルテは、花音を大人の女性に見せる。肩に少しだけある袖口に薄い黄色の真珠があしらってあり、花音自身の腕が人形のように白く美しく映えていた。
確かに、花音の左側から見る姿は異人の花嫁のようだった。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
この手の情報はすぐさま伝わる。そのため母が「決めた」と云った翌日には、華族仲間が大勢押しかけてくる結果となった。
「莫迦莫迦しい。鹿鳴館へ行けば分かることを何故聞きに来るのだろう」
女たちの関心が専ら衣装のことだと知ると、孝彌はアトリエへと逃げ出した。
舞踏会らしく洋装のドレスを用意すると某宮家の奥方が云えば、西洋の猿真似など止めるべきだと色留袖を誂えた某大物議員の奥方もいる。
今回の会には姉小路家の三兄弟が揃うと聞き、娘の社交界デビューにすると云い出す家もあった。
その母が、まさか花音を社交界に出すためだけに今回の舞踏会を開くとは、誰一人思い及ばなかった。
そんな話を延々とすることに何の意味があるのだろうと、孝彌は愛想笑いのなかにも引きつる思いを抱き、画を描くことを理由に早々に部屋を後にした。
「花音。おばさん達が帰ったら、母さんがここへ来ると云っていたよ。きっと舞踏会で着る服のことだろう」
いつもの椅子に座る花音。
いつものようにスケッチブックを手にする孝彌。
いつもと変わらぬ時間は流れる。
しかし、少しずつ変わるものがあることを孝彌も花音も感じ始めていた。
「お前は何を着たいと思う?」
孝彌の言葉に花音は微笑む。
「お母様が用意して下さるのなら、何でも」
そこで下を向き、少しだけ視線を泳がせる。
「何だい?」
孝彌のそんな問いかけに、黙って首を横に振る。
花音は自分のことを話さない。きっと、ここで聞いても何も答えないだろう。
確かに自分の希望など通ることはないと、誰よりも花音が知っている。
(僕は花音に何を着せたいのだろう)
孝彌に、そんな思いがよぎった。
暫時、下絵を描きながら時を過ごした。大人たちの喧騒を笑い飛ばせる余裕もできた頃、扉をノックする音がした。
「母さんだね」
そう云いながら、孝彌が扉を開ける。
果たして、そこには大きな箱を持った母が立っており、失礼しますよと入ってくる。
花音が箱を受け取ると、そのまま箱を開け中からドレスを取り出した。
「うわ~、綺麗」
思わず花音が呟いた。
「気に入ってくれたようですね。孝彌さん、貴男はどう」
自信満々の母の顔は、孝彌の意見など聞かずとも分かっていると云いたげだった。
綺麗だね。まるで西洋の花嫁衣裳のようだ。
そう云いたかった。
でも云えなかった。孝彌には云ってはいけないような、そんな言葉に思えた。
真珠色の生地に、立てた襟には薄い透き通る布がついている。
外国製のレースが全身につけられ、胸元と袖口、そして裾には本物の真珠が縫い付けられていた。
孝彌の感想を聞く前に、母が花音にドレスを着せている。
部屋を出ることも後ろを向くことも忘れ、花音がドレスを身につける様を見つめていた。
肩がすっかり出てしまうローブデコルテは、花音を大人の女性に見せる。肩に少しだけある袖口に薄い黄色の真珠があしらってあり、花音自身の腕が人形のように白く美しく映えていた。
確かに、花音の左側から見る姿は異人の花嫁のようだった。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。