初めてバレンタインのチョコを貰ったのは、先月14日。俗に言うバレンタインデーというヤツだった。
嬉しいような、くすぐったいような可笑しな感覚だった。
『手作りじゃないけど』
と手渡された小さな箱には、不器用に結ばれた水色のリボンが貼ってあった――。
圭介が紗和と知り合ったのは、満員電車の急停車中。車内で悲鳴すら上がる状態の中で将棋倒しになっている場所もある中の、まさにその時だった。
そこで幾つかあった高校生の集団にいた。
友だちの和樹が咄嗟に吊り革を掴んだお蔭で、圭介は彼の背中を支えに紗和の体を抱き寄せる形となったのだ。
それからちょっと縁があって、圭介の人生初めての“彼女”となった紗和。
ムードメーカーと言われ、おちゃらけキャラと誰もが認める圭介の「いったい何処に惹かれたんだ」と友だち一同が詰め寄っていた。
結局、紗和はニコニコと笑ってみんなを煙に巻き、圭介は彼女のそんなとこが気に入った。
兄の亮介が目聡くチョコに気が付くと、本命ならホワイトデーにはお返しをするんだぞと教えてくれる。
(本命ね)
自分こそ、その本命逃がしそうになったくせに、と少しだけ笑ってしまった。
でも、そのお蔭でプロポーズしたんだから、怪我の功名かもしれない。まだ大学生の彼女には期間限定彼氏宣言されていたから、これがかなり堪えてたとは、口が裂けても言えないだろう。
それでも亮介の言葉には素直に従って、お返しとやらをする気になった。
ところがバレンタインが終わった途端、中身は全然変わらないのに包装紙やラッピングが変わっただけで、ホワイトデー用として陳列される商品の数々を見た時、何かが違う気がした。
(ちょうど受験終わったところだし、アルバイトして資金稼ぎでもするか)
圭介のそんな思いつきは、相変わらず人とは少し違ってた。
「これ、お前が作ったの?」
亮介の言葉は、素直に感動している。
「ホント、圭介にこんな特技があるなんてね」
と母も驚いている。
「先生が教えるの上手なんだよ。誰だって習ったら出来るさ」
そう言いながら、それを箱に詰め直した。
圭介の手の中に、すっぽりと納まる程の小さな箱に白いリボンを巻いてゆく。
「もともと器用だとは思ってたけどな。お前、そろそろ本性で暮らしたら」
男にしては爪の整った細く長い圭介の指の動きを、綺麗だと思いながら見つめる。
(かっこよすぎなんだよな…)
亮介は美し過ぎる弟の悲哀を感じ、溜息をついた。
やがて訪れた3月14日。紗和が指定したのは、近所の公園だった。
そんなとこでいいのか、と思ったものの、圭介も人の多い処は好きじゃない。
バス停で待ち合わせて、そのまま公園まで歩いていった。
「ほら。お返し」
紗和から見る圭介は、いつの間にか人の知る彼ではなかった。
亮介の言う本性を、紗和にだけは見せるようになっていたから。
自然のままにしていると、かっこよすぎて人が離れていく程の二枚目な圭介。
ただ立っているだけで、少し振り向いただけで、ほんの少し笑っただけで、まわりの空気に色がつくような美男子。
でも、殆どの人はそれに気付かない。
茶髪や軽くかけたパーマの緩み、そして言葉使いから今時の乗りのいい若者と思うように演じているから。
紗和が受け取った箱を開けると、そこには小さなペンダントが入っている。
「凄い! これ、圭介君が作ったの?」
圭介は瞬き一回で肯定する。
「付けて」
ペンダントを受け取り、紗和の背中に廻る。付け易いようにと紗和が髪を持ち上げると、白いうなじが現れた。
「紗和、キスしよっか」
首筋に息がかかる距離での言葉。
紗和は、背中を向けたまま頷いた。
「でもギャラリーいるけど、いいの?」
辺りを見渡すと、砂場に遊ぶ子供たちが見えた。
人生のファーストキス。
「これはこれで思い出になる、かも」
可愛い紗和。綺麗な紗和。優しい紗和。
でも圭介にとっての一番は、自分自身でいられること。
「あ~!ちゅうしてる~」
という子供たちの声を聞きながら、圭介は紗和の小さな唇にそっと優しくキスをした――。
【了】
著作:紫草
嬉しいような、くすぐったいような可笑しな感覚だった。
『手作りじゃないけど』
と手渡された小さな箱には、不器用に結ばれた水色のリボンが貼ってあった――。
圭介が紗和と知り合ったのは、満員電車の急停車中。車内で悲鳴すら上がる状態の中で将棋倒しになっている場所もある中の、まさにその時だった。
そこで幾つかあった高校生の集団にいた。
友だちの和樹が咄嗟に吊り革を掴んだお蔭で、圭介は彼の背中を支えに紗和の体を抱き寄せる形となったのだ。
それからちょっと縁があって、圭介の人生初めての“彼女”となった紗和。
ムードメーカーと言われ、おちゃらけキャラと誰もが認める圭介の「いったい何処に惹かれたんだ」と友だち一同が詰め寄っていた。
結局、紗和はニコニコと笑ってみんなを煙に巻き、圭介は彼女のそんなとこが気に入った。
兄の亮介が目聡くチョコに気が付くと、本命ならホワイトデーにはお返しをするんだぞと教えてくれる。
(本命ね)
自分こそ、その本命逃がしそうになったくせに、と少しだけ笑ってしまった。
でも、そのお蔭でプロポーズしたんだから、怪我の功名かもしれない。まだ大学生の彼女には期間限定彼氏宣言されていたから、これがかなり堪えてたとは、口が裂けても言えないだろう。
それでも亮介の言葉には素直に従って、お返しとやらをする気になった。
ところがバレンタインが終わった途端、中身は全然変わらないのに包装紙やラッピングが変わっただけで、ホワイトデー用として陳列される商品の数々を見た時、何かが違う気がした。
(ちょうど受験終わったところだし、アルバイトして資金稼ぎでもするか)
圭介のそんな思いつきは、相変わらず人とは少し違ってた。
「これ、お前が作ったの?」
亮介の言葉は、素直に感動している。
「ホント、圭介にこんな特技があるなんてね」
と母も驚いている。
「先生が教えるの上手なんだよ。誰だって習ったら出来るさ」
そう言いながら、それを箱に詰め直した。
圭介の手の中に、すっぽりと納まる程の小さな箱に白いリボンを巻いてゆく。
「もともと器用だとは思ってたけどな。お前、そろそろ本性で暮らしたら」
男にしては爪の整った細く長い圭介の指の動きを、綺麗だと思いながら見つめる。
(かっこよすぎなんだよな…)
亮介は美し過ぎる弟の悲哀を感じ、溜息をついた。
やがて訪れた3月14日。紗和が指定したのは、近所の公園だった。
そんなとこでいいのか、と思ったものの、圭介も人の多い処は好きじゃない。
バス停で待ち合わせて、そのまま公園まで歩いていった。
「ほら。お返し」
紗和から見る圭介は、いつの間にか人の知る彼ではなかった。
亮介の言う本性を、紗和にだけは見せるようになっていたから。
自然のままにしていると、かっこよすぎて人が離れていく程の二枚目な圭介。
ただ立っているだけで、少し振り向いただけで、ほんの少し笑っただけで、まわりの空気に色がつくような美男子。
でも、殆どの人はそれに気付かない。
茶髪や軽くかけたパーマの緩み、そして言葉使いから今時の乗りのいい若者と思うように演じているから。
紗和が受け取った箱を開けると、そこには小さなペンダントが入っている。
「凄い! これ、圭介君が作ったの?」
圭介は瞬き一回で肯定する。
「付けて」
ペンダントを受け取り、紗和の背中に廻る。付け易いようにと紗和が髪を持ち上げると、白いうなじが現れた。
「紗和、キスしよっか」
首筋に息がかかる距離での言葉。
紗和は、背中を向けたまま頷いた。
「でもギャラリーいるけど、いいの?」
辺りを見渡すと、砂場に遊ぶ子供たちが見えた。
人生のファーストキス。
「これはこれで思い出になる、かも」
可愛い紗和。綺麗な紗和。優しい紗和。
でも圭介にとっての一番は、自分自身でいられること。
「あ~!ちゅうしてる~」
という子供たちの声を聞きながら、圭介は紗和の小さな唇にそっと優しくキスをした――。
【了】
著作:紫草