喉が渇いて、目が覚めた。枕元の時計を手に取ると、まだ午後11時を過ぎたところだ。
テスト勉強から解放されて、今夜は早く寝たんだっけ。
今のままじゃ、きっと眠れない。私は、ベッドを抜け出すと部屋を出た。
キッチンの明かりがついているのは、階段を下りた時に気付いてた。
近づくと話し声が聞こえてきて、誰かが起きて話しているのも分かってた。
!!
何気なく入ろうとしたキッチンテーブルに、ママの姿を見た。
その時のママが知らない女の人に見えて、思わず足が止まった。
誰!?
息が止まってしまってた。パパの声が聞こえて、ママが笑っているのはパパと話しているからだと分かった。
綺麗なママ。
病院で透析を受けるようになって、体調管理もされて、見違えるように痩せていったママ。
綺麗な女の人。
パパが、優しい声で話してる。あのママと。
隙間から見えるママの横顔に、パパの顔が重なった。
キスしてる、パパとママが。
それは、どんなドラマや映画で見るキスよりもドキドキして、そして綺麗だった。
ママが女に見えた。
当たり前だ。
女じゃなきゃ、私や幸樹は産まれない。
でも、その時初めて実感した。ママが女という性別を持った知らない大人のように思えた。
その時、気配を気付かれた。
「絢ちゃん?」
私は逃げ出した。
逃げ出すというのは変かもしれないけれど、気持ちの中は逃げ出した。
パパの声も聞こえたけれど、部屋に入って鍵を閉めた。
心臓が破れそうなくらい、ドキドキしていた。
別人に見えたママが、綺麗で、とっても綺麗で、何処かへ行ってしまうような気がした。
知らないうちに涙が流れていた。
「絢ちゃん!? どうしたの」
扉の向こうから、ママの声がした。
「何でも、ない」
掠れてしまった声を搾り出す。
「お水、持ってきたよ。置いておくから後で取ってね」
それだけ言うと、ママの足音が離れていった。
喉が渇いてるなんて、どうして分かるの?
顔を見られたくないって、どうして分かるの?
ママが、こんなに凄い人だって、どうして私は知らなかったんだろう。
あの時も――。
ママは、私の腎臓が要らなかったんじゃなかったよね。
私の体に傷をつけるのが嫌だって。そんなことするくらいなら、死んだ方がマシだって。
近所のお巡りさんに保護されて、帰ってきた私にやっぱりママは泣きながら謝ってくれた。
ママが悪いわけじゃないのに。病気はママのせいじゃないのに。
結局、私が大人になって、自分のことを自分で決められるようになるまで移植の話は保留になった。
その間にドナーが見つければいいからと、そう言って笑ってた。
私は、まだ高校生。
でも決めてる。ママに腎臓、あげるんだって。
それで、少しでもママの体が楽になって、出かけられるようになったら、一緒に旅行するの。
観光地でもなんでもない、小さな町の終着駅まで電車に乗って、古びた旅館に泊まって近くをお散歩するの。今の私が、たった一つ叶えたい小さな夢。
ママの子供でいたいから、ママに生きていて欲しいから。
「ママ。綺麗だったな~」
私も、いつか、あんなふうに…。誰かとキス、できるといいな――。
【了】
著作:紫草
テスト勉強から解放されて、今夜は早く寝たんだっけ。
今のままじゃ、きっと眠れない。私は、ベッドを抜け出すと部屋を出た。
キッチンの明かりがついているのは、階段を下りた時に気付いてた。
近づくと話し声が聞こえてきて、誰かが起きて話しているのも分かってた。
!!
何気なく入ろうとしたキッチンテーブルに、ママの姿を見た。
その時のママが知らない女の人に見えて、思わず足が止まった。
誰!?
息が止まってしまってた。パパの声が聞こえて、ママが笑っているのはパパと話しているからだと分かった。
綺麗なママ。
病院で透析を受けるようになって、体調管理もされて、見違えるように痩せていったママ。
綺麗な女の人。
パパが、優しい声で話してる。あのママと。
隙間から見えるママの横顔に、パパの顔が重なった。
キスしてる、パパとママが。
それは、どんなドラマや映画で見るキスよりもドキドキして、そして綺麗だった。
ママが女に見えた。
当たり前だ。
女じゃなきゃ、私や幸樹は産まれない。
でも、その時初めて実感した。ママが女という性別を持った知らない大人のように思えた。
その時、気配を気付かれた。
「絢ちゃん?」
私は逃げ出した。
逃げ出すというのは変かもしれないけれど、気持ちの中は逃げ出した。
パパの声も聞こえたけれど、部屋に入って鍵を閉めた。
心臓が破れそうなくらい、ドキドキしていた。
別人に見えたママが、綺麗で、とっても綺麗で、何処かへ行ってしまうような気がした。
知らないうちに涙が流れていた。
「絢ちゃん!? どうしたの」
扉の向こうから、ママの声がした。
「何でも、ない」
掠れてしまった声を搾り出す。
「お水、持ってきたよ。置いておくから後で取ってね」
それだけ言うと、ママの足音が離れていった。
喉が渇いてるなんて、どうして分かるの?
顔を見られたくないって、どうして分かるの?
ママが、こんなに凄い人だって、どうして私は知らなかったんだろう。
あの時も――。
ママは、私の腎臓が要らなかったんじゃなかったよね。
私の体に傷をつけるのが嫌だって。そんなことするくらいなら、死んだ方がマシだって。
近所のお巡りさんに保護されて、帰ってきた私にやっぱりママは泣きながら謝ってくれた。
ママが悪いわけじゃないのに。病気はママのせいじゃないのに。
結局、私が大人になって、自分のことを自分で決められるようになるまで移植の話は保留になった。
その間にドナーが見つければいいからと、そう言って笑ってた。
私は、まだ高校生。
でも決めてる。ママに腎臓、あげるんだって。
それで、少しでもママの体が楽になって、出かけられるようになったら、一緒に旅行するの。
観光地でもなんでもない、小さな町の終着駅まで電車に乗って、古びた旅館に泊まって近くをお散歩するの。今の私が、たった一つ叶えたい小さな夢。
ママの子供でいたいから、ママに生きていて欲しいから。
「ママ。綺麗だったな~」
私も、いつか、あんなふうに…。誰かとキス、できるといいな――。
【了】
著作:紫草