『君戀しやと、呟けど。。。』

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月にひとつの物語『長月』

2010-09-27 08:23:43 | short(テーマ)/月にひとつの物語
 ―たったひとつだけ―
 ―おまえの人生で たったひとつだけ何物にも代えがたい夢を叶えてやろう―

 夜の月を見上げると、その夜、必ず見る夢があった。
 いつも頭の片隅に残る、誰のものとも分からない言葉。
 確かにそれを覚えている。
 しかしそれは、誰の意思によるものかまるで分からぬまま確実に遂行された。

 私の夢は叶わない。
 どんな小さな願いさえも、叶ったことはない。
 では、そのたったひとつの夢とは何だろう。
 私には、そのたったひとつの夢というものが、浮かぶことはなかった――。

 家族運が薄いと、以前親戚の伯母に言われたことがある。
 伯母は少しだけ占いの本を読んだだけで、私をそう決め付けた。そしてそれを聞いていた祖母は、そうかもしれないと肯定しただけだった。
 昔の家系が強く残る家だった。誰も、私を庇う者はいなかった。

 小さな頃から、家を出たいと心底思った。
 親戚を見れば、祖母からお小遣いを与えられる従兄弟たち。何か行事があれば、親と同じように席を用意される従兄弟たち。
 でも私には、その席はない。お小遣いをもらったこともない。私だけじゃない。母にも席はなかった。私たちは、いつも二人でみんなとは別の場所にいた。料亭から取った膳もなく、いつもの食事を台所の片隅で母と二人で取る。
 しかし母は、一言も陰口を言うことがなかった。だから私も何も言わなかった。ただ、早く出ていきたいと思っていた。そんな時だった。
 一緒に暮らしていた叔父が結婚し、赤ちゃんが産まれた。
 私には、その赤ちゃんが宝物のように見えた。
 私も、いつかおかあさんになりたい。赤ちゃんを抱きたい。

 その時だった。
 遠くで、あの聞き慣れた声が響いた。いや違う。遠くじゃない。
 頭の中に…、私の頭の中に聞こえてきた。

  ――『おまえの夢』を叶えてやろう――

 気付くと、叔父家族が帰宅するために、見送りに外へ出ていた。
 夜空には、真丸い月があたりを昼間のように明るく見せている。
「不思議よね~ どんなに愚図っていても、ひいちゃんが抱くとすぐに眠っちゃうんだから」
 私の腕に眠る従姉妹を見ながら、母親である叔母が言った。
 確かにそうだった。
 この赤ちゃんは私を見ると笑い、抱けば必ず眠るのだ。
 いつか。
 もし、いつか自分の赤ちゃんが抱けるなら、私は他には何も要らない――。
 そう強く願ったのは、中学二年の秋だった。

 あれから十余年。
 私は一人の赤子を腕に抱いた。
 多くの赤ちゃんは、『軽いね~』という言葉と共に抱いてないみたいだと笑い合う。
 でも私の産んだ子は、全く違った。
 ズシッと重く、この腕に納まった。骨太なのだろうか。存在感のある子だった。
 最近の赤ちゃんは白い顔だよと聞いていたし、実際、友人の産んだ二週間違いの子は真っ白い顔をした女の子だった。

「ね~ 赤ちゃん…だよね。猿には見えないけど、どう見ても赤いよね」
 個室に連れてこられた子を見て、私はまじまじとその顔を覗き込んだ。
「赤ちゃんはね。色白になるよ。きっと、かっこいい男の子になるよ」
 揃った二人の新米おばあちゃんは、まだどんな顔になっていくか分からない孫の自慢をもう始めている。
 赤ちゃん。顔の赤く見える子は、大きくなると色白になるとの言い伝えだという。

 思い返せば、最初に助産婦さんに連れて来られて見せてもらった時は、映画やドラマでよく聞く科白を聞かされた。
『手の指も足の指も、ちゃんと二十本揃っていますよ。五体満足な男前の赤ちゃんですよ』
 その瞬間、男の子だと知った。



 その日は、中秋の名月だった。
 祖母となった私の母は、これまでやってきたことをやらないと嫌だからと、お月様へのお供えをするために一旦病院を後にした。
 戻った時、私はすでに分娩室にいて、母の顔を見ないままだった。これで万が一何かが起これば、母は私の顔を見ないままになるのかと冷静に考える自分がいるのが面白かった。
 しかし、そんなことを考えている余裕はほんの少し。陣痛の激痛は耐え難いとはよく言ったものだ。

 そして、それから先はもう自分のことで精一杯だった。
 無事に産まれたと言われても、何だか呆然としてしまって、気を失いそうなくらい視点が定まっていなかっただろう。
 あの子を見せてもらった時、そのボ~っとした頭の中にかつて聞こえた声が響いた。

  ――『お前の夢』だ。何があっても、その子がお前の夢だ――

 もし、この世に摩訶不思議な世界があって、そこにいる神様が私に与えてくれた唯一の夢ならば私はそれだけでいいと思った。もう、これ以上望まない。
 月明かりに照らされて、その月を手に取ろうと腕を伸ばす。そんな子を見ながら、私は思う。
 全てをかける。
 そして、私の全てを君にあげよう。

 中秋の月が昇り始める頃、やってきた子。
 絶対の味方であり、守るべき子。
 どんなに大人になったって、君は永遠に私の赤さんなのだから――。

 ワタシの夢は叶ったのだ。
                      【了】
                       著作:紫草


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 もし、お時間のある方は覗いてみて下さいな。
 一年間、おつきあい戴きまして有難うございました。   紫草 拝
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