「ちっ」
そんな小さな舌打ちも、もう何度目になるだろう。
篠山亮介の手に握られた携帯は、見ればバッテリーが少なくなり始めた。
仕方ない、電池買って充電しよう。
亮介は雪の中、コートの襟を立て歩き始めた。
雪は、まだ止みそうになかった――。
田舎の空は星が多い。
出張の度に、そう思ってきた。
夜になるとホテルを出て、カメラ片手に街を撮る。
漆黒の闇と瞬く星空。
天の川に手の届きそうな空が好きだった。
それなのに…
「待ちに待った雪が、今日降るとはな」
亮介の視線の先にはJRの案内板。
“雪のため運休”の文字には、約束は果たせないと書いてあるような気がした。
あいつ、きっと待ってるよな。
今宵はクリスマスイヴ。
くどいまでに最後の日を連呼してた、そのイヴ。
嫌な予感はあった。突然の出張と行き先が金沢。
何故なら予報では雪。名古屋ですら降った雪。
帰ってこられないかもしれない、それは直感だった。
それでも大急ぎで仕事を片付け飛行機に乗れば間に合う筈だった。
上司が食事会で、羽目を外しさえしなければ。
結局飛行機には乗り遅れ、慌てて取った特急の切符は運休という憂き目をみた。
帰れない。
そう思って連絡を取ろうと思った。
携帯の液晶に、あいつの番号を出す。呼び出しのボタンを押す直前、何とも言えない想いがよぎった。
コール音が続き、やがてメッセージに切り替わる。
あいつは出ない。何度かけても出なかった。
今頃、何処にいるんだろう。
時計を見ると11時を廻ってた。
イルミネーションの点灯時間が終わった。
待って…たんだよな。
亮介は胸が痛んだ。
こんなことなら出張になったと、連絡しておくべきだった。
もう何もかも遅いのかもしれない。
あいつはクリスマスに過ごす男が欲しかっただけだ。
だから何も言わなかった。
女に振り回されるのはごめんだ、と嘯(うそぶ)いた。
意地を張らずに、クリスマスが過ぎても別れるつもりはないと言えばよかった。
最初から目を付けてたって、そう言えばよかった。
学生だからと無理やり距離を置き、でも結局想い焦がれた。
今の世の中で、連絡の取れない時があるなんて考えたこともなかった。
携帯は、いつも人を捜しだしてくれると信じてた。
その時、携帯が鳴る。
画面には上司の名前がデカデカと表示されていた――。
翌朝、天候の回復を待って飛行機が飛んだ。
取り返しのつかない時間を、取り戻すことは出来ない。
会社に戻り残務整理をし、その日は休みをくれと言った。
クリスマス。
流石に悪いと思ったのか、上司は何も言わなかった。
クリスマスなんて興味はない。ただあいつを泣かせただろうことだけが心残りだった。
だからこそ行こうと思った。
待ち続けていただろう場所に、行かなければならないと思った。
行くと言ってやらなかった約束は、成立さえしていなかったのだろうか。
昨夜(ゆうべ)、あいつからの連絡はなかった。
約束の場所はタワーズガーデン。
朝日の中のツリーは滑稽だろうな。
開き始めた店舗の中から、売れ残ったケーキの叩き売りが始まっていた。
地下街を出て地上へと上がる。
出勤の時間帯を過ぎた街では、営業に出る車とサラリーマンが忙しそうに移動していた。
待ち合わせをしている数人の高校生とすれ違う。
そして一日遅れの場所に、漸く辿り着いた。
「遅い!! いつまで待たせるの」
いない筈のあいつが…、そこにいた。
泣きはらした真っ赤な瞳が愛おしくて、思わず抱き寄せKissをした。
「亮ちゃん、人が見てる」
腕の中で、そう囁くあいつは綺麗だった。
「いいよ、誰に見られても」
そんなクサイ台詞も簡単に出てくる。
だから今なら、きっと言える。
結婚、しようって――。
【了】
著作:紫草
そんな小さな舌打ちも、もう何度目になるだろう。
篠山亮介の手に握られた携帯は、見ればバッテリーが少なくなり始めた。
仕方ない、電池買って充電しよう。
亮介は雪の中、コートの襟を立て歩き始めた。
雪は、まだ止みそうになかった――。
田舎の空は星が多い。
出張の度に、そう思ってきた。
夜になるとホテルを出て、カメラ片手に街を撮る。
漆黒の闇と瞬く星空。
天の川に手の届きそうな空が好きだった。
それなのに…
「待ちに待った雪が、今日降るとはな」
亮介の視線の先にはJRの案内板。
“雪のため運休”の文字には、約束は果たせないと書いてあるような気がした。
あいつ、きっと待ってるよな。
今宵はクリスマスイヴ。
くどいまでに最後の日を連呼してた、そのイヴ。
嫌な予感はあった。突然の出張と行き先が金沢。
何故なら予報では雪。名古屋ですら降った雪。
帰ってこられないかもしれない、それは直感だった。
それでも大急ぎで仕事を片付け飛行機に乗れば間に合う筈だった。
上司が食事会で、羽目を外しさえしなければ。
結局飛行機には乗り遅れ、慌てて取った特急の切符は運休という憂き目をみた。
帰れない。
そう思って連絡を取ろうと思った。
携帯の液晶に、あいつの番号を出す。呼び出しのボタンを押す直前、何とも言えない想いがよぎった。
コール音が続き、やがてメッセージに切り替わる。
あいつは出ない。何度かけても出なかった。
今頃、何処にいるんだろう。
時計を見ると11時を廻ってた。
イルミネーションの点灯時間が終わった。
待って…たんだよな。
亮介は胸が痛んだ。
こんなことなら出張になったと、連絡しておくべきだった。
もう何もかも遅いのかもしれない。
あいつはクリスマスに過ごす男が欲しかっただけだ。
だから何も言わなかった。
女に振り回されるのはごめんだ、と嘯(うそぶ)いた。
意地を張らずに、クリスマスが過ぎても別れるつもりはないと言えばよかった。
最初から目を付けてたって、そう言えばよかった。
学生だからと無理やり距離を置き、でも結局想い焦がれた。
今の世の中で、連絡の取れない時があるなんて考えたこともなかった。
携帯は、いつも人を捜しだしてくれると信じてた。
その時、携帯が鳴る。
画面には上司の名前がデカデカと表示されていた――。
翌朝、天候の回復を待って飛行機が飛んだ。
取り返しのつかない時間を、取り戻すことは出来ない。
会社に戻り残務整理をし、その日は休みをくれと言った。
クリスマス。
流石に悪いと思ったのか、上司は何も言わなかった。
クリスマスなんて興味はない。ただあいつを泣かせただろうことだけが心残りだった。
だからこそ行こうと思った。
待ち続けていただろう場所に、行かなければならないと思った。
行くと言ってやらなかった約束は、成立さえしていなかったのだろうか。
昨夜(ゆうべ)、あいつからの連絡はなかった。
約束の場所はタワーズガーデン。
朝日の中のツリーは滑稽だろうな。
開き始めた店舗の中から、売れ残ったケーキの叩き売りが始まっていた。
地下街を出て地上へと上がる。
出勤の時間帯を過ぎた街では、営業に出る車とサラリーマンが忙しそうに移動していた。
待ち合わせをしている数人の高校生とすれ違う。
そして一日遅れの場所に、漸く辿り着いた。
「遅い!! いつまで待たせるの」
いない筈のあいつが…、そこにいた。
泣きはらした真っ赤な瞳が愛おしくて、思わず抱き寄せKissをした。
「亮ちゃん、人が見てる」
腕の中で、そう囁くあいつは綺麗だった。
「いいよ、誰に見られても」
そんなクサイ台詞も簡単に出てくる。
だから今なら、きっと言える。
結婚、しようって――。
【了】
著作:紫草