益子じん 工房いわもと

一枚の写真が語る?日常・・・

思い出せるうちに・・・・

2012-01-22 | 田舎暮らし

思い出せるうちに思い出しておこう!

子供のころに家族7人で暮らしていた家・・・

細かいところは思い出せないが、だいたいこんな感じ?




雪が降ると家の中まではいってきた、茅葺の実家

外にカヤで雪囲いはしてあったように記憶するが・・・




4部屋は畳で障子で仕切られていて

イザ!というときには大広間になる

居間?には 掘りごたつ、足を突っ込んで寝た

火鉢はなかったような・・・?

納戸は暗いイメージ、掃出し(障子)があったような気もする




土間には石臼と大きな足踏みの餅つき機 (だいがら) が鎮座!

(イメージがわかない人のためにこんな記事があったので・・こちらで!

   どなたか存じませんがまさに、この機械?です、アップありがとう!
   ブログにリンクさせていただきました



年末には一日中餅つき・・年が明けると毎日が、モチ定食



台所はもちろん土間で、井戸のポンプとかまどがあった

手押しポンプはワンタッチで流しと風呂に切り替えられるスグレモノ!

かまどに加え、煮物などに灯油のコンロも使ってた気がする

練炭火鉢も? もっとあとかな?



風呂は五右衛門風呂、下に敷く板を足で沈めるのにテクニックが必要!

かまに触ると暑いので直立で入るテクニックが必要!



トイレはカメ(一斗or二斗?)を埋めたもの

ちょくちょく汲み取りしてた(もちろん片棒かついでた)

今の家でも・・・汲み取り歴ウン十年!



おそらく冬は家の中で “10度” なんてなかっただろうが

元気に育ちました





ぼろぼろになった茅葺の家も

十数年前に取り壊され、今やオール電化!




日本の冬は暖かくなりました

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2 コメント

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私も書いてみたくなりました。 (remusuimin)
2012-01-23 15:35:13
1950年代、8畳一間の借家に一家6人がひしめきあってました。
超のつく貧乏暮らしでしたが隣近所に面白い人がいっぱい住んでいて私の人生の中でも最も輝いていた時期でもありました。
寝殿造り風のおおきな料理店だったという大きな家の部屋に大家族の店子がひしめいて暮らしておりました。
きっとこのような図面を描き起こしていけばその頃のことが目の前に浮かんでくる事でしょう。
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思い出せません (nao)
2012-01-23 19:31:21
夜のトイレ(大)は暗くて寒くて・・・
お風呂も入るまでは寒くて・・・
家の中はひんやりと寒くて・・・
いろいろと思い出しますが、洗濯が思い出せません。
洗濯機はもっと後だと思うし・・
前もうしろも川だったので川で洗ってたのかな~

この時代、東京の下町でもカマドを使っていたそうです。(妻談)

ぜひ図面にしてみてください、新しい発見があるかも?
我が家はイラストで描くとかなりのアバラ家になるでしょう。
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