質問者:ハイル禅師 禅師は家系や自身の劫が重いのに
いつ気づかれたのですか?
私:家系や自身の劫の重さを私が確信したのは神慈秀明会に
入信して「オヒカリ」を首からぶら下げて寝た翌朝でした
つまり24歳の夏でしたがそれまでに学生時には霊能者等の
書籍をかなり読みこんでおり霊能者巡りもしていました
「オヒカリ」はコスモメイトで救霊後に神慈秀明会にも入信して
装着したが私自身は左半身が露骨に痺れて脳卒中状態でした
左半身の手足が強く痺れて薬指と中指がくっつき両目がカチカチで
目を開くのに苦労したが数か月間ほど夜の就寝時に起こりました
母親と弟も入信したが母親は体全身が高熱に包まれたので
秀明会の幹部の人を呼んだほどです
弟は鼻水が滝のように噴き出て暫く止まらなかったので
信者は皆がこうなのかと思いました
だが新参の信者が80人ほど集まった支部で露骨に証が出たのは
私の家族ぐらいで古参の信者で胸が熱くなった人(色情因縁)が
いたぐらいでした
教会長自身の御兄弟も全員四十代で他界されており
教会長となり神の御用を行い悪因縁を切って貰ったそうです
要するに私は母の母方家系の転生者ですが
祖母は半身不随・母も半身不随になりかけた不作の人生であり
私もいろいろ厳しく他人様より相当に劫が重かったのであります
·物凄い証ですねぇ…。
·ご家族皆さんも、大変でしたねぇ。
“神慈秀明会“覚えておきます。
·それにしても凄い証…。
·そうだったんですねぇ…。
·皆さん、大変な思いをされて…。
·そういう事があっての今の先生なのですねぇ…。
·先生も、ご家族の皆さんも、大変なご苦労をされましたねぇ。
·先生も、ここまで生きて来られたのが、奇跡のような事ですね。
·先生、ここまで生きていてくださり、ありがとうございます。それではまた…。]