通称、「上ノ天神」。福島三天神のひとつ。
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ここがかつての村の中心でした。
なお、野田村の中心は野田恵美須、海老江は八坂神社。
今はこじんまりしていますが、昭和42年まではもっと広い神社でした。
(もっとも生まれる前なんで記憶はありませんが)
なにわ筋=浄正橋筋の拡幅のために境内地120坪を失い
今の状態になりました。
神社の近隣はこんな感じ(福島二丁目(3))で、風情があります。
神社のHPによると、907年(延喜7年)に鎮座。
大阪天満宮の創建は949年ですから、
もし福島天満宮の社伝が事実なら、大阪天満宮よりも古いということになります。
ただし、大阪の郷土史に詳しい三善貞司さんの著書には
「あくまでも伝承であり事実とは異なると思う」と書かれていました。
JR福島駅前にあるホテル阪神には天然温泉のスパがありますが
(全客室のお風呂も天然温泉らしい)
その温泉の名前が「徳次郎の湯」。
この徳次郎さんと言うのが、大宰府への旅の途中、福島で風待ちをしていた
菅原道真公をもてなした福島の里人の名前だそうです。
「ホテル阪神:阪神サウナのご案内 徳次郎の湯」
当時、福島は「鹿飢島(餓鬼島)」もしくは「葭原島」という地名だったのですが
道真公が徳次郎さんら里人のあたたかさに感激し
「福島」という美しい名前を授けたと言われています。
古代の福島は「難波八十島」のひとつ、大阪湾に浮かぶたくさんの小島のひとつでした。
ちなみに野田は「野田洲」、海老江は「海老洲」。
鷺洲は「田蓑島」にあったのではと言われています。
(中之島の「田蓑橋」の由来は田蓑島に行く道筋にあるからかな?)
当時の様子を推測・再現した地図を見ると、
大阪湾には本当にたくさんの島(砂洲)が存在していたことが分かります。
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歴史ある神社ですが、明治時代の「キタの大火」のために
社殿が被害にあい、歴史資料、宝物などが失われてしまいました。
そのため、明治以前の福島の歴史についての調べることが非常に困難なのです。
近くにある西善寺も焼けてしまいましたし、
例えば「砂町」について調べようにも
福島には史料が残されていないため、詳しいことは分かりません。
今の社殿は大正時代に再建されたもの、幸い第二次大戦の被害は免れました。
第二次大戦で焼失・再建を断念した「中の天神」は戦後、ここに合祀されました。
境内を見て回りましたが、「敵討天下茶屋聚」ゆかりの林神社は見つからず…。
たぶんどこかにあると思うんですが。
お芝居とのゆかりというと、何と言ってもここの地車講でしょう。
先日亡くなった中村勘三郎さんの「平成中村座」で上演された「夏祭浪花鑑」では
福島天満宮の地車講の皆さんが劇中のだんじり囃子を担当。
(お芝居に登場する神社は本当は高津宮なんですが)
「夏祭浪花鑑」はとても面白いお話なのですが、
残念ながら今は上方出身の歌舞伎役者さんがほとんどいない状態のため
大阪が舞台のお話なのに、江戸風アクセントの妙な大阪弁で演じています。
以前テレビで見た時はすごい気持ち悪かった。
このお芝居に限らず、歌舞伎の役者さんは東京中心なのに
有名な作品は上方が舞台になっているものが多いので
せりふを聞いていて「うへー」となることが多々あります。
みんな変やなとは思わないのでしょうか。
文楽は大阪弁ベースなのでしっくりくるんですが…。
「福島天満宮」
住所:大阪市福島区福島2-8-1
動画の3:10過ぎくらいから、だんじり囃子が流れます。
※「福島区の風景・街並み」
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ここがかつての村の中心でした。
なお、野田村の中心は野田恵美須、海老江は八坂神社。
今はこじんまりしていますが、昭和42年まではもっと広い神社でした。
(もっとも生まれる前なんで記憶はありませんが)
なにわ筋=浄正橋筋の拡幅のために境内地120坪を失い
今の状態になりました。
神社の近隣はこんな感じ(福島二丁目(3))で、風情があります。
神社のHPによると、907年(延喜7年)に鎮座。
大阪天満宮の創建は949年ですから、
もし福島天満宮の社伝が事実なら、大阪天満宮よりも古いということになります。
ただし、大阪の郷土史に詳しい三善貞司さんの著書には
「あくまでも伝承であり事実とは異なると思う」と書かれていました。
JR福島駅前にあるホテル阪神には天然温泉のスパがありますが
(全客室のお風呂も天然温泉らしい)
その温泉の名前が「徳次郎の湯」。
この徳次郎さんと言うのが、大宰府への旅の途中、福島で風待ちをしていた
菅原道真公をもてなした福島の里人の名前だそうです。
「ホテル阪神:阪神サウナのご案内 徳次郎の湯」
当時、福島は「鹿飢島(餓鬼島)」もしくは「葭原島」という地名だったのですが
道真公が徳次郎さんら里人のあたたかさに感激し
「福島」という美しい名前を授けたと言われています。
古代の福島は「難波八十島」のひとつ、大阪湾に浮かぶたくさんの小島のひとつでした。
ちなみに野田は「野田洲」、海老江は「海老洲」。
鷺洲は「田蓑島」にあったのではと言われています。
(中之島の「田蓑橋」の由来は田蓑島に行く道筋にあるからかな?)
当時の様子を推測・再現した地図を見ると、
大阪湾には本当にたくさんの島(砂洲)が存在していたことが分かります。
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歴史ある神社ですが、明治時代の「キタの大火」のために
社殿が被害にあい、歴史資料、宝物などが失われてしまいました。
そのため、明治以前の福島の歴史についての調べることが非常に困難なのです。
近くにある西善寺も焼けてしまいましたし、
例えば「砂町」について調べようにも
福島には史料が残されていないため、詳しいことは分かりません。
今の社殿は大正時代に再建されたもの、幸い第二次大戦の被害は免れました。
第二次大戦で焼失・再建を断念した「中の天神」は戦後、ここに合祀されました。
境内を見て回りましたが、「敵討天下茶屋聚」ゆかりの林神社は見つからず…。
たぶんどこかにあると思うんですが。
お芝居とのゆかりというと、何と言ってもここの地車講でしょう。
先日亡くなった中村勘三郎さんの「平成中村座」で上演された「夏祭浪花鑑」では
福島天満宮の地車講の皆さんが劇中のだんじり囃子を担当。
(お芝居に登場する神社は本当は高津宮なんですが)
「夏祭浪花鑑」はとても面白いお話なのですが、
残念ながら今は上方出身の歌舞伎役者さんがほとんどいない状態のため
大阪が舞台のお話なのに、江戸風アクセントの妙な大阪弁で演じています。
以前テレビで見た時はすごい気持ち悪かった。
このお芝居に限らず、歌舞伎の役者さんは東京中心なのに
有名な作品は上方が舞台になっているものが多いので
せりふを聞いていて「うへー」となることが多々あります。
みんな変やなとは思わないのでしょうか。
文楽は大阪弁ベースなのでしっくりくるんですが…。
「福島天満宮」
住所:大阪市福島区福島2-8-1
動画の3:10過ぎくらいから、だんじり囃子が流れます。
※「福島区の風景・街並み」