長靴の悔し涙

黒い長靴がある。長靴には黒しかなかった。長靴といえば黒だった。
同じ25でも長靴はそれ以上に必ず大きかった気がしてならない。
長靴を履くことは恥ずべき行為だった。おっさんの履物、もしくは
イナカ者の履物だと思っていた。履く気は毛頭なく、明らかに見下していた。
おおお、今になって思う。長靴の神に誤らなければいけない。すまない、
悪かった。馬鹿にして悪かった。長靴は雨の日にその強力な威力を発揮する。
多少の水溜りなど屁でもない。どかどかと進んでいける。おおおお。
長靴の実力が今になってわかった。これからの人生は長靴とともにあるといっても
過言ではないのかもしれない。毎日長靴で下界を楽しみたい気分であるが
そうもいかない。月に一度ぐらいのペースで上京するが、ついつい、くせで
いつもの短パンにＴシャツ、そして長靴。そのままいつも乗るいつもの高速バスの同じ席に
その振る舞いで乗り込んだら違和感であろう。東京駅についたら鉄道警察隊に
レンコウされるのではあるまいか。それほどの威力が長靴にはある。
長靴の弱点は田んぼで脱げるというところにある。あぜの中に埋もれると
あっけなく足から離れてしまう。そこには構造的問題があるのだろう。
先日、知人が自家用車のトラックの荷台から長靴を取り、さかさまにして
その中の雨水を出していた光景を見た。おおお、なんとすばらしい光景なんだろう。
あれだけ見下していた黒い長靴が今後の人生の中で大事な部分になった。
もうアシックスだの、ヨネックスだの、ブリジストンだの、高い靴はいらなくなってきたような気がする。長靴とサンダルさえあればいいような気がする。