妄想ドラマ『スパイラル』 (16)
クランクインの朝、6時に西野が渉を迎えに来た。
最初の撮影は大学のキャンパスでの撮影だ。
車の中で携帯を見ると、美菜からいよいよだねという内容の
メールが来ていた。
早朝のせいか短いメールだったけれど、それでも気持ちは十分に伝わってくる。
渉も楽しんでくるねというメールを返した。
お互いのスケジュールを考えると当分会えそうにないが、
時おり交わすメールと電話の声が渉に力を与えてくれる。
好天に恵まれた朝の空気は、まだひんやりとしていて渉は気を引き締めた。
事前に行った監督とのディスカッションのおかげで、初日の撮影はスムーズだった。
沙織は主演女優だというのに、お昼にはスタッフと一緒にお茶を入れて、
みんなと談笑しながら同じ弁当を食べていた。
気さくで人懐っこい性格は変わっていない様に見える。
渉は沙織の屈託のない笑顔を少し離れて見ていた。
自分に対しても何事もなかったように、以前と変わらない態度だ。
日が経つにつれ、渉の中に残っていた沙織への疑いは薄れていった。
撮影も終盤に入り、沙織が脱ぐことを承知したという、ベッドシーンの撮影日がやってきた。
服を脱ぐまでのシーンはすでに別の日に撮影されていた。
下着の跡が背中に残っているのは嫌だという沙織の希望だった。
さすがにバスローブ姿の沙織に笑顔はなく、緊張の面持ちで監督の指示を聞く。
「綺麗に撮るから心配しなくていいよ」
沙織の硬い表情を見て監督が言った。
バスローブを脱いで渉がベッドに横たわると、沙織がするりと隣に入った。
撮影はワンカットが短く、監督から細かい指示が出された。
しかし、すぐに撮影は中断された。
「ちょっと休憩して続きを撮りましょう」
沙織がセットから姿を消すと、監督が渉を呼び止めた。
「高野君さ、沙織ちゃんとは昔からの友達なんでしょ?」
「昔といっても2年ほど前に舞台で共演してからですけど」
「沙織ちゃん、表情硬いんだよね。ちょっと話して緊張をほぐせないかな?」
「僕がですか?」
「監督の俺が今なんか言うとさ、余計にプレッシャーになるだろう。彼女だって
脱ぐのは一大決心だったんだろうし、なるべくワンテイクでいい画を撮りたいんだよ」
「わかりました。様子みてきます。僕に何ができるかわからないけど」
渉はスタッフに用意してもらったミルクティを持って、沙織の所へ行った。
「ほら、ミルクティ。今でも好きなんだろ?」
「覚えていてくれたんだ」
「俺も最初は緊張したけど、監督の言うとおりやればいいんだよ。スタッフはかぼちゃだと思って」
沙織は笑ってカップを受け取ると一口飲み、渉から視線を外して言った。
「何言ってんだか。私ね、主役をやらせてもらえるなら、脱ぐのも平気って思ってた。
原作に添った映画を撮るなら必要なシーンだし、尊敬してる監督だしね。
でも本当は渉くんと映像に残る仕事をしたかっただけ」
渉は何も言えずに黙って立っていた。
「土壇場になって躊躇するなんて女優としてはだめね。自分でも情けない」
「俺は・・・」
「わかってる。言わないで。困らせるつもりはないの。この映画が終わったら
きっぱりあきらめるって決めてるの。だからせめて今日だけは好きでいさせて」
いつも明るくてにぎやかな沙織の切羽詰まった言葉に、渉は黙って頷いた。
ほかにどうすることもできなかった。
--------つづく------ 17話へ
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クランクインの朝、6時に西野が渉を迎えに来た。
最初の撮影は大学のキャンパスでの撮影だ。
車の中で携帯を見ると、美菜からいよいよだねという内容の
メールが来ていた。
早朝のせいか短いメールだったけれど、それでも気持ちは十分に伝わってくる。
渉も楽しんでくるねというメールを返した。
お互いのスケジュールを考えると当分会えそうにないが、
時おり交わすメールと電話の声が渉に力を与えてくれる。
好天に恵まれた朝の空気は、まだひんやりとしていて渉は気を引き締めた。
事前に行った監督とのディスカッションのおかげで、初日の撮影はスムーズだった。
沙織は主演女優だというのに、お昼にはスタッフと一緒にお茶を入れて、
みんなと談笑しながら同じ弁当を食べていた。
気さくで人懐っこい性格は変わっていない様に見える。
渉は沙織の屈託のない笑顔を少し離れて見ていた。
自分に対しても何事もなかったように、以前と変わらない態度だ。
日が経つにつれ、渉の中に残っていた沙織への疑いは薄れていった。
撮影も終盤に入り、沙織が脱ぐことを承知したという、ベッドシーンの撮影日がやってきた。
服を脱ぐまでのシーンはすでに別の日に撮影されていた。
下着の跡が背中に残っているのは嫌だという沙織の希望だった。
さすがにバスローブ姿の沙織に笑顔はなく、緊張の面持ちで監督の指示を聞く。
「綺麗に撮るから心配しなくていいよ」
沙織の硬い表情を見て監督が言った。
バスローブを脱いで渉がベッドに横たわると、沙織がするりと隣に入った。
撮影はワンカットが短く、監督から細かい指示が出された。
しかし、すぐに撮影は中断された。
「ちょっと休憩して続きを撮りましょう」
沙織がセットから姿を消すと、監督が渉を呼び止めた。
「高野君さ、沙織ちゃんとは昔からの友達なんでしょ?」
「昔といっても2年ほど前に舞台で共演してからですけど」
「沙織ちゃん、表情硬いんだよね。ちょっと話して緊張をほぐせないかな?」
「僕がですか?」
「監督の俺が今なんか言うとさ、余計にプレッシャーになるだろう。彼女だって
脱ぐのは一大決心だったんだろうし、なるべくワンテイクでいい画を撮りたいんだよ」
「わかりました。様子みてきます。僕に何ができるかわからないけど」
渉はスタッフに用意してもらったミルクティを持って、沙織の所へ行った。
「ほら、ミルクティ。今でも好きなんだろ?」
「覚えていてくれたんだ」
「俺も最初は緊張したけど、監督の言うとおりやればいいんだよ。スタッフはかぼちゃだと思って」
沙織は笑ってカップを受け取ると一口飲み、渉から視線を外して言った。
「何言ってんだか。私ね、主役をやらせてもらえるなら、脱ぐのも平気って思ってた。
原作に添った映画を撮るなら必要なシーンだし、尊敬してる監督だしね。
でも本当は渉くんと映像に残る仕事をしたかっただけ」
渉は何も言えずに黙って立っていた。
「土壇場になって躊躇するなんて女優としてはだめね。自分でも情けない」
「俺は・・・」
「わかってる。言わないで。困らせるつもりはないの。この映画が終わったら
きっぱりあきらめるって決めてるの。だからせめて今日だけは好きでいさせて」
いつも明るくてにぎやかな沙織の切羽詰まった言葉に、渉は黙って頷いた。
ほかにどうすることもできなかった。
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