令和6年7月16日7:00、現代ビジネスより配信の「上皇さまは日本語だったが…天皇陛下の「異例の英語スピーチ」から見えたこと」と題する記事がある。
大木賢一氏の記事である。
英国御訪問中の天皇陛下のスピーチについて、最初の方で「英語によるスピーチを多くの人は「国際派の本領発揮」のようにとらえたが、私は、天皇という立場を考えると、そう簡単に賛美ばかりしてよいのかと疑問を持った。」と書いているので、批判的な内容の記事なのかなと思っていたら、英文と日本語版の比較の話になって、この論点については以下のように結んでいる。
-----引用開始-----
日本語でも、他言語でも、自らの意思で思いを尽くすのならば、それでよいのではないか。招いてくれた国の人々にできる限りの真心を伝えるために、日本語以外の言語を使うことは、前向きにとらえるべきだと思い直した。
-----引用終了-----
プロの記事の中で、「思い直した」という書き方をするというのはなかなか珍しい気がする。
これは、大木氏が自らの頭で考える人ということで、また、それをそのまま記事にするタイプの方であるということを、よく表しているのかもしれない。
今回は、英国御訪問について称賛する内容となっているが、仮に、大木氏として納得できないことがあれは、天皇陛下に対して批判的な内容の記事を書くこともあり得ると思う。
本来あるべき皇室報道の緊張感であろう。
それにしても、今回の大木氏の記事で、日本語で話すか英語で話すかという論点が取り上げられたが、これは面白い視点だと思う。
正確に表現することに重点を置けば日本語で話すのがよいのかもしれない。
相手に直接的に伝わることに重点を置けば相手国の言葉で話すのがよいのかもしれない。
ただ、珍しい言語の国の場合は、日本語を用いざるを得なくなるかもしれない。
さて、ヤフーニュースのサイトでは、今回の記事の関連記事がいくつか紹介されているが、その中に令和元年11月10日、現代ビジネス配信の「皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」」と題する大木氏の記事がある。
記事中に以下の記載がある。
-----引用開始-----
当時、皇太子夫妻は雅子さんの適応障害のため2人そろっての活動が極めて少なく、一方で高級レストランに通っているといったバッシング報道がされていました。
記者会でも「平和を希求し、戦没者慰霊や被災者への寄り添いを続ける素晴らしい天皇、皇后両陛下」との比較で反感を抱くのか、平場ではほとんどの記者が雅子さんを「雅子」と呼び捨てにしていました。皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。
-----引用終了-----
平成の東宮バッシングを知らないという人も多くなっているかもしれないが、当時はこういう状況だったのである。
それにしても、「皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。」とあるのは、なかなか具体的であり衝撃的である。
当時のバッシング記事に「千代田関係者」という者が頻繁に登場するのであるが、それが裏付けられたかのような感じである。
大木氏の記事については、今後も要注目であろう。
大木賢一氏の記事である。
英国御訪問中の天皇陛下のスピーチについて、最初の方で「英語によるスピーチを多くの人は「国際派の本領発揮」のようにとらえたが、私は、天皇という立場を考えると、そう簡単に賛美ばかりしてよいのかと疑問を持った。」と書いているので、批判的な内容の記事なのかなと思っていたら、英文と日本語版の比較の話になって、この論点については以下のように結んでいる。
-----引用開始-----
日本語でも、他言語でも、自らの意思で思いを尽くすのならば、それでよいのではないか。招いてくれた国の人々にできる限りの真心を伝えるために、日本語以外の言語を使うことは、前向きにとらえるべきだと思い直した。
-----引用終了-----
プロの記事の中で、「思い直した」という書き方をするというのはなかなか珍しい気がする。
これは、大木氏が自らの頭で考える人ということで、また、それをそのまま記事にするタイプの方であるということを、よく表しているのかもしれない。
今回は、英国御訪問について称賛する内容となっているが、仮に、大木氏として納得できないことがあれは、天皇陛下に対して批判的な内容の記事を書くこともあり得ると思う。
本来あるべき皇室報道の緊張感であろう。
それにしても、今回の大木氏の記事で、日本語で話すか英語で話すかという論点が取り上げられたが、これは面白い視点だと思う。
正確に表現することに重点を置けば日本語で話すのがよいのかもしれない。
相手に直接的に伝わることに重点を置けば相手国の言葉で話すのがよいのかもしれない。
ただ、珍しい言語の国の場合は、日本語を用いざるを得なくなるかもしれない。
さて、ヤフーニュースのサイトでは、今回の記事の関連記事がいくつか紹介されているが、その中に令和元年11月10日、現代ビジネス配信の「皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」」と題する大木氏の記事がある。
記事中に以下の記載がある。
-----引用開始-----
当時、皇太子夫妻は雅子さんの適応障害のため2人そろっての活動が極めて少なく、一方で高級レストランに通っているといったバッシング報道がされていました。
記者会でも「平和を希求し、戦没者慰霊や被災者への寄り添いを続ける素晴らしい天皇、皇后両陛下」との比較で反感を抱くのか、平場ではほとんどの記者が雅子さんを「雅子」と呼び捨てにしていました。皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。
-----引用終了-----
平成の東宮バッシングを知らないという人も多くなっているかもしれないが、当時はこういう状況だったのである。
それにしても、「皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。」とあるのは、なかなか具体的であり衝撃的である。
当時のバッシング記事に「千代田関係者」という者が頻繁に登場するのであるが、それが裏付けられたかのような感じである。
大木氏の記事については、今後も要注目であろう。