令和6年7月16日7:00、共同通信より配信の「
旧宮家の子孫たちが皇族になる現実味は… 77年前に離脱、復帰案に賛否渦巻く」と題する記事がある。
「復帰案に賛否渦巻く」とあるのだが、渦巻いているのだろうか。
「共同通信が今春実施した世論調査では、旧宮家の子孫を皇族にして男系男子の天皇を維持する考えに計74%が反対だった。」と書いてあるので、国民の意思というのはだいたい固まっていると言えるのではないのだろうか。
「旧宮家の子孫たち」を皇族にする案を推進している人たちは、それによって、男系男子の永続が確保されると本気で認識しているのだろうか。
それとも、「旧宮家の子孫たち」を皇族にしても、いずれは男系男子では続かなくなると想定しているのだろうか。
いずれは男系男子では続かなくなり、女性女系拡大が必要になるということを見込んでいるのであれば、現在の皇室に適用して、現在の皇室の方々の系統を維持する方が良いのではないだろうか。
ところで、ヤフーニュースのこの記事の関連記事として、令和4年9月20日に47NEWS配信の「
愛子さまはなぜ「愛子さま」と報道されるのか 称号「敬宮さま」は幼少時だけ?」と題する記事が紹介されている。
あの大木賢一氏の記事である。
この記事の中に、以下の記載がある。
-----引用開始-----
▽「敬宮さま」でなければ不敬?
いつの間にか当たり前になってしまった「愛子さま表記」だが、皇室に関するネット上の書き込みを見ていると、愛子さまを愛子さまと呼ぶことを「不敬だ」とする声もある。「天皇家の長女なのだから、正式に敬宮さまとお呼びすべきだ。宮家の皇族と一緒にすべきではない」といった具合だ。
しかし、すでに見てきたように、幼少のころの愛子さまを「敬宮さま」と表記するメディアは実際に存在した。称号は「幼少時の呼び名」なのだから、成人した現在の愛子さまを「敬宮さま」と呼ぶのは無理があるような気もする。
-----引用終了-----
中途半端な知識で「不敬だ」とする声というのは、ネット上にはよくいるものだ。
「敬宮さま」とお呼びすべきだというのであれば、まだ理解できるのだが、中には「敬宮愛子さま」とお呼びすべきだと声高に主張する者もいる。
ただ、これは、ご称号というものが用いられるようになった歴史的な沿革からすると、本当はちょっとおかしい。
-----引用開始-----
▽「正式な呼称」専門家はどうみる?
愛子さまの「正式な呼称」が何なのかは結局よく分からないままだが、今回の結果について、皇室制度を研究する専門家たちはどう考えるのか。
国学院大学講師で神道学者の高森明勅氏は「興味深いですね。新聞でもともと使われていたという『敬宮愛子さま』というのは間違いではないですが、個人的には少し違和感を覚えます」とのこと。敬宮という称号での報道に、身分の尊い方の本名を避ける意味合いがあったのだとすれば、「敬宮」と「愛子」を併記してしまっては意味がない、との立場だ。その点から言えば、「大玉転がし」の時に使われた「敬宮さま」こそが正解、ということにもなる。
-----引用終了-----
「敬宮という称号での報道に、身分の尊い方の本名を避ける意味合いがあったのだとすれば、「敬宮」と「愛子」を併記してしまっては意味がない」とする高森明勅氏の指摘は正しい。
根拠としては、このブログでも以前少し書いた記憶があるが、「明治天皇紀」第3巻における明治8年1月18日のところで、以下の記載があるのである。
------引用開始(下線は筆者)-------
一 従前某宮ノ別称ハ廃セラレ親王宣下ノ後ハ某仁親王某子内親王ト称シ宣下アラサル間ハ某仁皇子某子皇女ト称スヘシ
但シ
臣民ヨリ直チニ某仁親王某仁皇子ト称シ奉ランハ不敬ニモ渉リ可申候間別殿御住居ノ殿名ヲ以テ宮ノ號ニ定メラレ假令ハ某仁親王御称號ノ某宮ト御布告ニ相成リ臣民ヨリハ右御称號ノ某宮ヲ以テ称シ奉ルヘシ
------引用終了-------
「臣民ヨリ直チニ某仁親王某仁皇子ト称シ奉ランハ不敬ニモ渉リ」という感覚があってこそのご称号というわけだ。
ただ、こういう感覚というのは現在の日本社会では失われているのもしれない。
むしろ、「敬宮愛子」という表記は、御自身がお使いになっておられるようなので、それならそれで問題があるということにはならない。
第三者が、「敬宮愛子さま」と称しなければ失礼だと声高に主張すると、それはちょっと変ではないかと言いたくなるが、事実上通用しているというのであれば、それを否定するべき理由は何もない、ということになる。
なかなか微妙なところである。
ただ、今回の大木氏の記事を読んで改めて思ったのだが、御称号は「幼少時の呼び名」であったとして、「敬宮」というのはどうも子ども向きではない、ということである。
出典となった「人を敬する者は、人恒に之を敬す」という内容は、大人の中の大人とも言うべき高度な社会性を感じさせるものであり、「恒に」ということは永続性を想起させる。
御結婚により民間人となられるという人生というよりも、いずれ即位され日本の中心となられる人生に合致する御称号であったのかもしれない。
そして、愛子内親王殿下におかれては、まさしくその道を進んでおられるように感じられるのである。