皇居の落書き

乱臣賊子の戯言

男系に固執したその後、秋篠宮家の系統は存続可能か

2024-09-18 21:38:58 | 皇室の話(3)
令和6年9月13日、平成17年の「皇室典範に関する有識者会議」の座長代理を務められた園部逸夫氏が亡くなられたそうだ。

皇室制度について、これほど正面から検討に取り組まれた方はおられないのではないか。
残念なことである。

その成果を生かすチャンスを、「もうそろそろいいよ」で潰してしまったのは平成皇室の罪である。

今後生かされる時が来るのかどうかは分からない。


ところで、安定的な皇位継承というとき、正統性をめぐる議論にばかり重点が置かれるようであるけれども、より現実的で切実なのは、配偶者を得ることができるかという問題である。

おそらく、制度をめぐる議論は、現状のだらだらとした状態が続く可能性が高く、そうなれば、今年で30歳という年増を迎える佳子内親王殿下も近い将来、皇籍を離れることとなるであろう。

愛子内親王殿下も、あと10年も残ってくださるかは分からない。

そうすると、将来の世代を担う方は悠仁親王殿下お一人になるが、お嫁さんが来る可能性はどれだけあるのだろうか。

将来、皇位に即く方の妃となるお立場は、皇室に入ってから非常に苦労し辛い体験をするということが、もう世の中に知られてしまっている。

その上で、秋篠宮家のイメージは極めて悪くなっている。

どこまで本当かは分からないが、週刊誌では「ご難場」ということで職員に避けられているということがよく言われている。

職員であれば、どんなにブラックな場であったとして、いずれは離れることができるであろうし、辞めるという方法もある。

しかし、嫁ぐとなれば、もはや離れることのできない永久就職だ。

それとも、職員にとってはブラックでも、家族であれば安心して過ごせる場所となるのか。

それも何だか信じがたい。

小室眞子様でさえも、その結婚に際して、秋篠宮家は世間の評判ばかり気にして、結局守ろうとしなかった。
そして、複雑性PTSDになり、早々に海外に脱出するしかなくなったのである。

外から入ったお嫁さんは、なおさら弱い立場となるであろう。

とにかく子どもを産まなければならない。
男系男子を継続しなければならない宿命があり、男子を産まなければならない。
高齢となろうとも、産むまでその努力を続けなければならない。

そして、産んだあとは、何が何でも一流の学校に進学させなければならない。

日々、どんなにしんどくても、御公務を休むことは許されない。
かつて東宮家に冷淡なスタンスをとってしまった以上、そうならざるを得ないであろう。

これほど過酷な人生があるであろうか。

皇太子殿下はプロポーズに際して「僕が一生全力でお守りします」とおっしゃった。
それでも、お嫁さんを守るというのは、あれだけ大変なことだった。

果たして、悠仁親王殿下には「僕が一生全力でお守りします」と断言し実行する気概があるだろうか。

その気概がなければ話にならない。

このように考えると、お嫁さんを見つけることは、極めてハードルの高い問題となってしまっている。
そして、見つけることができなければ、そこで終了である。

ただ、可能性は0ではない。

常に、可能性ということであれば、0ではないのだ。

そのような女性が、もし将来あられることとなるのであれば、それは大変結構なことであるし、筆者としても、是非その姿を見てみたい。

もしそのような方があらわれることとなれば、伝説の勇者としてこの先1000年は語り継がれることとなるであろう。

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