遊びが目的の旅と無縁になってずいぶん時が経つ。
ふつうはリタイアしたら、行きたいところにも自由に行くのだろうが。
でも、ほとんど行くこともなく、むしろ現役の頃のほうが多かった。
濁り酒濁れる飲みて草枕しばし慰む・・・。
若い頃、そんなイメージを抱いてよく一人旅もした。
もし、明日、1冊の本を持って旅をするとしたら、漱石の「草枕」か。
小説のような、随筆のような、芸術論のような・・・。
少し毛色の変わった作品である。
住みにくい世の中を住みやすくし、人の心を豊かにするのが芸術である、と。
四角な世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むのが芸術家。
そんな作中の一節から、「草枕」の英訳書名は「三角の世界」。
その「草枕」を愛読したのが、カナダのピアニスト、グレン・グールド。
30代の頃に聴いて虜になった。
常識とかけ離れたモーツァルト演奏は、三角の世界に住む人ならではの演奏か。
いまでも、ベートーベンの晩年のピアノ・ソナタをよく聴く。
この命なにをあくせく、明日をのみ思いわずらう・・・。