limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ③

2019年02月20日 09時05分23秒 | 日記
「今日からしばらくの間、診察の回数を増やします!下手な抵抗は止めて、大人しくするのよ!」Mさんが釘を刺す。「分かりました。U先生の診察は何時くらいになるんですか?」私もとぼけて確認を入れる。「午後1時ぐらいになるそうよ。なるべく眼に着きやすい場所に居て頂戴!」検温を終えたMさんは、記録を取りながら言った。いよいよ本格的に“鉄のタガ”が張り巡らされた様だ。だが、どんな手を使っても必ず“隙”は生じるものだ。“あ~、お恥ずかしいったらありゃしない!煙に燻りだされた狸だな!”と私は心の中で呟いた。それを察知したのかは知らないが、Mさんはまじまじと私の顔を覗くと「観念しなさい!今度ばかりは、白旗を揚げてもらうわ!」と自信たっぷりに言い放った。「はーい、自粛します!」と一旦は観念したフリをして、Mさんをかわすと遊戯室へ向かった。将棋の盤と駒を手にして“指定席”へ座り込む。盤面に駒を並べて、先手と後手の陣形を組み上げる。「おはよう、○ッシー!何をしてるの?」マイちゃんがやって来て、盤面に見入る。「あたし全然分からないけど、何を表してるの?」「手前が先手、僕らの陣形だ。奥が後手で病棟側の陣形。どちらも駒組みが終った場面で、これから僕らが攻めかかるところ。僕らは“左銀冠”って陣形で、病棟側は“四間飛車に穴熊”って言う陣形。左奥の隅に王将を押し込んでガチガチに固めてるだろう?あそこに僕が閉じ込められてると思ってくれ。手前の王将はマイちゃんを表してるつもり。つまり、僕は完全にガードされてて動けない状況にある訳。そこへマイちゃん達が攻撃を仕掛ける。つまり脱走を仕掛けるところさ!」「全然分かんないけど、○ッシーが手も足も出ない状況にあるのは分かるわ。でも、どこから攻めるの?隅っこに押し込まれてる○ッシーを動かせるの?」「向うは、手堅く囲ったつもりだろうが、弱点を突けば簡単に陣形は乱れる!歩が2枚と角が手元にある。こっちの手としては、こうやって攻略する。一方的に駒を動かすよ」私は盤上の駒を動かして“穴熊”の陣形を崩して見せた。「ふーん、崩れたね。あれだけガチガチだったのが、隙間が出来た!」「そう、この瞬間を狙ってマイちゃん達が仕掛ける訳さ!そして、僕も迷走する!陣形を乱された側は、立て直すどころか益々混乱する。」王将を在らぬ方向へ打ち据えると、後手陣の形勢は一気に不利になった。「なるほど、これが昨日言ってた“逆手に取る”って事?」「そう、駒を戻すよ。向う、つまり病棟側は、僕を徹底してマークするつもりだけど、その事に集中するあまり必然的にマイちゃん達への注意が疎かになる。加えて金曜日は、外泊に出る人が多いから、ナースステーションも混雑する。眼の行き届かない場面は増えるし、ガードも甘くなる!」「そこを突いて脱走すれば、確率も挙がる!隙だらけって訳ね!」マイちゃんの眼が輝く。「更に僕が病棟で迷走すれば、なお安全になる。脱走の指揮は、マイちゃんに執って貰うけど、オトリ役と援護は僕が指揮する。どうかな?これ以上の手は無いと思うけど」「うん、完璧だね!さすがは○ッシー!良く考え付いたね!」マイちゃんがハイタッチをして来た。昨夜の弱々しさは微塵も感じさせない笑顔だ。「ねえ、○ッシー、昨夜の事、誰にも気付かれて無いよね?」周囲を伺いながら、マイちゃんが声を潜めて言う。「心配しなくても大丈夫。誰も見ては居ないよ。安心しなよ。離れたりしないし、置いてったりしない。必ず見てる。見守ってる。約束したろう?」「うん、2人だけの約束。○ッシー、忘れないでね!」マイちゃんは左手を触って確かめる。「忘れはしないよ!」彼女の手を握り返して答える。やはり、まだ不安の種は消えていないのだろう。ちょっとした事でもマメに答えてやらなくては、彼女はまた転落しかねない。気持ちを引き締めにかかっていると、メンバーの子達がワラワラと集まってきた。眼と眼で合図を交わすと、素知らぬふりで話を続けた。「おはよう、マイちゃん、○ッシー、作戦は決まったの?」「丁度、概略が決まったとこ。後は、みんなの役割分担を決めるだけ!」マイちゃんが明るく答える。「将棋盤はなんのために有る訳?」「現状を説明するためさ。これから順を追ってお話しましょうかね?」私は、マイちゃんにした説明をもう一度繰り返した。

メンバー全員に説明を終えた私達は、早速、人選にかかった。今回の実行者は、マイちゃんとOちゃん。彼女達を支援するのが、Eちゃんを筆頭に4人。残りの子達は、私と共に“眼くらまし”を担当する事になった。“眼くらまし”と言っても、ただ騒いで居るだけではない。作戦全般の指揮を執るのは、私の役割りだ。まず、有り得ないとは思うが、不測の事態が発生した時は、臨機応変にカバーリングしなくてはならない。個別に分かれての打合せに入ると「もっとも難しいのが、僕達の役割りだ。基本は“眼くらまし”だけど、万が一の際は、救援作業もしなくちゃならない。Eちゃん達からの連絡を受けて、ありとあらゆる事をやってもらうけど、落ち着いて行動してくれ!U先生を足止めしたり、ステーションの動きを観察したり、眼を向けさせるためにさり気なく騒ぐ。頃合いを見計らって迎えに出るのも、こっちで請け負う。大変だけど着いて来てくれるかい?」言葉を選んで噛んで含める様に言う。「OK、○ッシーが司令塔だよね。あたし達の行動が大変なのは分かったよ」「U先生の扱いなら任せて」「非常時はみんなでカバーしよう」と反応が返って来た。彼女達の協力が無くては、作戦全般に影響が出るので事細かに「この場合は、こうするよ」と例を挙げて慎重に事を決めた。「準備万端だね!後は、当日の動き次第だね」と言うセリフが出るまで、粘り強く話し合い決め事を整えた。「Eちゃん、何か打ち合わせる事あるかい?」と言うと「大丈夫、○ッシーが指示してくれればOK!」と返して来た。「○ッシー、ちょっとお願い!」Oちゃんにレクチャーしていたマイちゃんが呼んでいる。僕の部隊を引き連れて、テーブルへ行くと「戻ってくる時の撹乱なんだけど・・・」と懸念が出た。「それはね、時間を見定めて僕達も動くから・・・」とフォロー体制を説明する。「分かった。偵察は前日に行くの?」「ああ、こっちで決めてある。工事の進み具合も含めて、彼女達に行って貰う手筈にしといた。そろそろ、全体で時間を追って確認しようか?」「そうだね、全員集れー!」マイちゃんの声が響く。全体で時系列を追っての確認が始まった。2~3の問題が浮上したが、総合的にカバーする事で一致を見た。「さて、これが今回の計画の全貌だけど、何か質問は?」「ありませーん!OKでーす!」と合唱が返って来た。「よーし、みんな頼んだよ!」全員が頷いて作戦会議は終了した。

「あー、もうこんな時間だ。色々あり過ぎて倒れそう・・・」Aさんがようやく主治医面談を終えて現れた。ご主人と思しき人が一礼して帰って行く。僕らも慌てて立ち上がって礼を返す。「長い事お疲れさまでした。あれやこれやと問題が出たんじゃない?」そう言うと「ご明察。旦那は“早く戻ってくれ”だけど、先生は“段階を踏んでの退院”を主張するでしょう?双方の妥協点を見つけるのに七転八倒よ!」Aさんはグロッキー状態になっていた。「最後は“あたしの決断次第だ”って押し切られて散々よ!妥協するのがこんなに苦しいとは思わなかったわ」意気消沈、撃沈の憂き目にあった様だ。「それで、どうすることにした訳?」こちらから突っ込んでいくと「“毎週末は自宅で過ごす”って条件で妥協させられた。旦那も子供も猫ももう限界らしいわ。“俺の手は2つしかないんだ!”って脅すんだもの!ズルくない?!」「奥様が恋しいのは、分かるし“居るだけでいいから”って言われてない?」「さすが、鋭い。同じセリフで撃墜するんだもの!反撃の糸口すら掴めずに終わりよ!○ッシー、男子は何故、女が居ないと“締まらない”訳?」「Aさんにしか出来ない事は多々あるんじゃないの?男は思う程、器用には生きられない人種だからね。限界を超えるとフリーズするだけだよ!子供さんの細かい事も、育児に関与が薄ければ分からない事だらけのハズ。猫だってご主人様が居ないんじゃ落ち着く筈が無い!」「全く同じ事を言ってくれるじゃないの!あっ、○ッシーも一応は男子か?!それなら同じ思考をするのも納得がいく!」Aさんはやっと思い出したかの様に言う。「○ッシーが男の子だって事実を忘れてた!だって、○ッシーはそんな気配を感じさせないから。今度からあたしの弁護を依頼してもいい?」「それが出来ないから困るんだよ。残念な事に“医師ではなくて患者”なんでね。それに、各家庭の問題にこっちが噛みこんでいいとは言わないだろう?」「それ!それが悔しいのよ!○ッシーを盾に使えないって致命的だわ!」Aさんは見境なくこちらを巻き込もうとする。「それは、掟破りだろう?僕をダシにして、旦那さんを黙らせるなんて横車は押せません!」「あー、一家に1台○ッシーが欲しい!」「それは無理。あたし達の○ッシーをAさんだけに独占されてたまるもんですか!」マイちゃんが眼を吊り上げる。「○ッシー、細胞分裂して2つに分離・・・」「出来ません!この子達を置いて行ける訳が無い。争奪戦も見たくない」周囲の子達も頷いた。マイちゃんもOちゃんも考えは一致しているらしい。「今度の金曜日から、週末は家に帰るのよ。不安になったらどうしよう?」「頓服を増量するしかあるまい。観念召されよ。奥様の居ない家は悲惨だろう?」「女房としては、何も出来なくても?」「居るだけで違う!」「あー、旦那に言われてる事と同じだ。そう言うものなの?」「らしいね!」押し問答にケリが着いた様だ。Aさんは敢え無くノックアウトとなり、テーブルに突っ伏したままだ。「○ッシー、買い出し頼んでいい?あたし気力ない」Aさんが呟く。「昨日は行って貰ったから、今日は僕が引き受けるよ。メモ頂戴」Aさんは病室に戻るとメモ書きと財布をOちゃんに託して来た。「疲れたから休むって」Oちゃんが報告してくれた。「では、買い出しに行きますか?」ステーションに了解を取って私達は売店に向かった。

OちゃんとEちゃんは、Aさんの我がままに怒り心頭だったが、他の子達は割と冷静に受け止めていた様だった。怒りの収まらない2人は「マイちゃんと○ッシーで対策を立てて、Aさんを黙らせて!」と迫って来た。こちらも正直な話、困惑したが僕には別の案件でマイちゃんに相談があった。「分かった。Aさんの件について検討して見るよ。病棟だとバレバレだから、どこか適当な場所で相談する。悪いけど先に戻ってみんなをまとめといて!」と返事をして、2人を病棟へ戻した。「ケーキでも食べるか?」と言うと「たまにはいいかな?」とマイちゃんも同意してくれた。「ねえ、○ッシー、Aさんの件じゃなく別の話でしょ!」マイちゃんが眼を真っ直ぐ向けて言う。「ご明察。実は・・・」と僕が言い掛けると「Oちゃんでしょ!」と鋭く言う。「全てお見通しか。誤魔化しは無しにするよ。困ってるんだ。昨日、彼女にハグされてから」「何がいけない訳?」冷静にマイちゃんは返す。「彼女の気持ちを受け止めるだけのキャパが僕には無いんだ!このままだと、傷付けてしまいそうで怖いんだよ。基本的に僕はマイちゃんを見てる。二股は僕の基本理念に反するし、あまり頼りにされても限界はあるよ。無論、両天秤にかけるなんて無理があり過ぎる」正直に言葉を吐き出す。マイちゃんは、ケーキを口に運んでしばらく黙っていた。「彼女、あたしに話に来たって言ったでしょう?あれは、表向きは¨ごめんなさい¨って言ったけど、裏を返せば¨略奪宣言¨だったのよ。だから、あたしも急に怖くなって○ッシーにハグしてもらいたかったの。○ッシーをこのまま渡したくなくて。Oちゃんを引き合わせたのはあたしだけど、○ッシーを取られるのは嫌だし、独占されるのはもっと嫌よ!○ッシーは、どう思ってるの?」「さっきも言ったけれど、Oちゃんには申し訳ないが、僕らには¨約束¨がある。それをかなぐり捨てるなんて、出来るものか!マイちゃんの傍に居て、見守り、助け合い、共に歩む。これを反故にはしない!するつもりもない!僕の気持ちは、あの日から揺らいでいない。昨夜、改めて確認したよ」「じゃあ、昨夜の○ッシーの言葉は、本心なの?」「ああ、2人で色々やったけど、お互いに認め合ってる事に嘘偽りは無いよね?」「うん、それはあたしも同じ。唯一無二の間柄だもの!あたしの弱さを知ってるのは○ッシーだけ。頼れるのも○ッシーだけ。良かった!○ッシー、何処にも行かないで!あたしを見てて、見守ってて!お願いだよ!」「そのつもりに些かの変わりは無いよ。でも、そこにOちゃんが割り込もうとしてる。それを防ぎながら、今までの関係を保つのは無理が出てきてるのが現状だよ。誰か僕を補佐してくれる人材が居れば、形勢も変えられるんだが・・・、現状では難しい話だ」「○ッシー、Oちゃんの症状の変化に気付いてるよね?」「ああ、1日の中でも気持ちの浮き沈みの幅があったのが、ほぼ無くなったし、ストレートに感情を出す様にもなったね。それがちょっと困る一面でもあるんだが、表情も随分明るく変わったよね?」「あたしも、そう見てる。○ッシーも同じに見てるなら、主治医の先生達も同じくじゃない?だとすれば、後2週間、様子を見てればどうかな?」「うん、それって・・・」「彼女の退院が近い証拠じゃないかな。○ッシー、下手な事は止めて自然に任せようよ!あたしは、○ッシーを信じてるし、○ッシーも変わらないんでしょ!」「ああ、変わらない」「なら、このまま様子を見てよう!大丈夫!あたしも気を付けて接するから」と言った途端に、マイちゃんが咳き込んだ。妙な咳に不安を感じる。「ごめん、手を出して!」マイちゃんの手は微かに暖かく感じられた。「オデコも見るよ!」微かに発熱が感じられた。「○ッシー、なに?」「急いで戻ろう!Kさんに体温計を借りなきゃ!」「えっ!あたし平気だよ?」「危ない兆候だよ!ほら、これを羽織って!」ジャケットを被せると、一目散に病棟へ引きずって行く。「○ッシー、考え過ぎだよ!」マイちゃんは抵抗するが、有無は言わせなかった。危惧は当たりだった。

「37.9℃か。危なかったね。先生に知らせて風邪薬出してもらうわ。それにしても、よく気付いたね。紙一重でセーフってとこ。マイちゃんの¨守護神¨は凄腕のお医者さんも兼ねてるんだ!」Kさんが驚きを隠さない。「さて、貴方も調べて置こうか?広がりが無いかは、突き止める必要があるもの!」Kさんは、僕にも体温計を差し出す。結果は、異状なしだった。「マイちゃんは、病室に戻って休んで!後で薬を持っていくから。それと、貴方も病室に戻ってくれるかな?U先生の手が空きそうだから、診察を早めたいの!」2人を交互に見ながらKさんが言う。「分かりました。戻ります」2人で合唱しながら言って、メンバーの所へ顔を出す。「どうしたの?」Eちゃんが心配そうに言う。「あたし、風邪引いちゃったみたい。ごめんね。少し休むから、Eちゃんに後をお願いしてもいい?」「合点承知!〇ッシーは?」「U先生の診察を早めたいとの事だよ。鉄のタガで縛り付けるつもりらしい。1時間くらいで戻るけど、Eちゃんしばらく頼むよ」「ご安心召され!〇ッシーが戻るまでは支えて進ぜよう!」Eちゃんは神妙な口ぶりで周囲を笑わせる。「大事の前の小事だが、侮ると計画が頓挫しかねない。マイちゃんには休んでもらうけど、僕はU先生の出方を探ってから戻る。少し留守にするけど、みんなも気を付けてくれよ!」「はーい!」大合唱に送られて僕とマイちゃんは、それぞれの病室へ戻った。けれど、U先生の前にKさんが現れるとは予測していなかった。Kさんは、カーテンを閉め切ってから慎重に気配を伺い、小声で話し始めた。「今回も良くフォローしてくれてありがとう。マイちゃん、最近は調子がいいけど、何が“引き金”になるか分からないの。今回みたいに早めに手が打てれば、問題は起こりにくくなるはず。これからも、着かず離れずでお願いしてもいい?」「Kさん、あの夜の“約束”を忘れてませんか?僕は忘れてない。だから、着かず離れずに見守って来ました。これからも、その姿勢が揺らぐことはありません。ただ・・・」「強烈な個性を纏った女性陣に押されて、四苦八苦ってとこかな?」「ええ、かなり窮屈なのは確かですよ。けれど“代わりの人材”が居ない以上、やり繰りで乗り切るしかありません。今日は、彼女に“キャパを越えつつある”って正直に話して、どうするか考えていたんですよ。たまたま、そこで咳き込んだから気付けましたけどね」「貴方らしいわね。彼女に嘘はつけない?」「見抜かれますよ。顔に出やすいから」「マイちゃんもそう言う貴方の姿勢を知ってるから、信頼を置いてるのは間違いないわ。それを忘れないで!彼女に下手な手は通じない!お互いを認め合って、心を通わせてあげて。大変なのはステーションから見てても分かるけど、貴方でなくては、あそこはまとまらないでしょう?大役なのは承知しているけど、敢えてお願いしたいの!マイちゃんから眼を離さないで!見守ってあげて!」Kさんは必死に訴えて来た。「謹んでお受けしますよ。これからも見守り続けます!私の全てを賭けても」僕は神妙に答えた。「ありがとう。それを、その覚悟を確かめたかったの。彼女の命がかかっているのよ。私も共に背負うけれど、常に居られる立場にはないから、貴方に頼るしかないの。これからも宜しくね!」Kさんが握手を求めて来た。そっと握り返すと「さて、彼女が呼んでるわ。病室へ行ってあげて!」と言ってカーテンを開ける。「病室へ?!立ち入り禁止でしょう?」こちらが驚愕していると「私が入り口を見張ってるから、短時間で戻って!」と言ってマイちゃんの病室へ連行される。眼と眼で合図を交わすとマイちゃんのベッドへ進む。「〇ッシー、ありがとう!」腕を肩に巻き付けて体を預けるマイちゃん。耳元で「やっぱり〇ッシーは、ちゃんと見ててくれたね!誰にも渡さない!傍に居てよ。いいでしょ?」と小声で囁く。「お姫様を置いてく執事がいますか?安心しなよ。どんな犠牲を払っても見守り続ける。傍に居る。だから、風邪なんか吹き飛ばせ!」そっと髪を撫でる。「分かった。〇ッシーのためにも、きちんと治す。ごめんね。Kさんに見られる前に戻って!」彼女は安心したのか、肩をポンと叩くとベッドへ横になった。「おやすみ」と言って病室を出る。入り口でKさんに確認を取ると「急いで!」と急かされた。U先生は既に病室に来ていたが、Kさんが眼でコンタクトを取ると、直ぐに意図を察知したのか「ベッドに座って」と言って診察を始めた。「八束先生とMさんが作ってくれたチェックリストに従って進めますねー。まずは、血圧と検温から」敵もさる者、リストまで作って調べ上げるのか?!と内心驚いたが、所詮は“狐と狸の化かし合い”である。幾ら調べようとも結果は変わらない。落ち着くべくして、診察は終わった。

丁度1時間後、僕は指定席に戻った。「〇ッシー、どうだった?U先生の診察?」Oちゃんが聞いてくる。「僕を徹底的にマークしようとしてるのは間違いない。だが、その分みんなのマークが甘くなってる。“狐と狸の化かし合い”に終始してるスキを突いて、作戦を決行すれば安全に脱走出来るだろうよ。囲んだつもりの様だが、抜け道はいくらでもある。マイちゃんも体調を戻してくるだろうから、予定通りすすめよう!」僕は断固決行をみんなに伝えた。「となると、予行演習はどうするの?」Eちゃんが核心を聞いてくる。「ハデな真似は出来ない。水面下で進めるしかないよ。買い出しの際に、各自が要所を確認して置くことだな。前日には、偵察をするから青写真が見えるのは、前日の午後になるだろう。そこで最終の調整をしよう!」「もし、マイちゃんが動けない場合はどうするの?」Eちゃんが懸念を示す。「そこまで重症ではないみたいだから、心配はしてないけど万が一の場合を想定した別案は考えて置くよ。泡を食って慌てない用にね」僕の中では、腹案はある程度固まってはいた。ただ、精査して見ないと足が出る可能性はあった。不確定要素が濃い作戦は、失敗する恐れもある。混乱だけは避けなくてはならない。期日までは時間も残されてはいるし、まだ代案を提示するには早いと判断して、その日は話を明らかにはしなかった。

だが、事態は急展開を見せた。メンバーの大半が外泊に出る事になったのだ。しかも、申し合わせた様に“金曜出発”でだ。「クソ!こっちの手を読んでいるのか?はたまた“偶然の一致か”?いずれにせよ、手が足りなければ、決行は不可能だ!」翌朝の検温後に、指定席で僕は呻く様に言った。「じゃあ、諦めるの?」復活したマイちゃんが悔しそうに聞き返す。「諦めるのは、最期の選択!病棟側だって無為無策で居る訳がない。こっちが読んでる間に向こうだってこっちの動きを読んでるはずだ。当然、何らかの手は打って来ると予測はしてた。よーし、決行日を明日に繰り上げよう。多少の修正が入る事と偵察抜きになるが、果敢に攻めなきゃ攻め倒されるだけだ!マイちゃん、いいかい?」「〇ッシーがそう言うなら、あたしは参加するよ。多分みんなも同意すると思う」「ならば、うかうかしてる場合ではないな。みんなが揃ったら作戦会議だ!」「〇ッシー、どうしよう。あたしも外泊になっちゃった・・・」メンバーの子達が不安げに言いながら集まって来る。「約半数が差し押さえられてるわ。〇ッシー、どう動くの?」Eちゃんは冷静に事を分析し始めた。「どうやら、金曜日に“ターゲットを絞って戦力を削いだ”つもりだろうよ。向こうも手をこまねいては居ないよ。今までの経緯からして、最善の策を取ったんだろうよ。だが、こっちは更に裏を取る!」「それって、向こうの思う壺にならない?」Eちゃんはあくまでも冷静だ。「そうならないように、奇襲を仕掛ける。決行日を明日の午後2時に変更する!」「えっ!前例がないよ!それに準夜勤の看護師さんも来るし、人手は一番分厚い時間帯じゃない!」Eちゃんも含めた全員に緊張が走る。「だからこそ油断が生まれるし、隙も生じる。過去に例が無いからこそ、奇襲作戦を取る意味がある!無論、無為無策で行く訳じゃない。基本路線は変えないで、日時を前倒しにするだけでいいはずだ。後は、昨日の打ち合わせ通りに動けばいい」「大胆不敵ですな!〇ッシー、その話乗るわよ!」Eちゃん以下全員が頷いた。「リスクは当初より大きくなるが、それ以上に得られるものは大きい。ここは1つ盛大に“引っ掛け”てやりますか?」僕が言うと「“ここは1つ代官署名物の引っ掛けでもやってやろうじゃないか”だよね、〇ッシー!」マイちゃんが決めゼリフを言う。「ふっ、ふふふ、主治医やステーションには悟られない様に動いてくれ!さりげなく、“しれっと”行って来るんだ!」僕の言葉にみんなの眼もイタズラっぽく輝いている。こう言う場合は、得てして成功する確率は高い。“狐と狸の化かし合い”もここまで来ると勝敗は明らかだった。

翌日、計画は見事に成功して、みんなは外泊前に宝の山を手にする事が出来た。知ってか知らずか、病棟側の策は空振りに終わったのである。「やったね!大勝利!」マイちゃん達は浮かれていたが、僕は1人安堵感に包まれていた。「〇ッシー、どうしたの?」「際どい勝ちだったな。1つ間違えば逆転はあり得た。紙一重とはこの事か!勝つには勝ったが指揮官としては失格だよ」「それは無いよ。みんな喜んでるし、目的は達したのよ。〇ッシーの策は当りじゃない?」マイちゃんはそう言ってくれたが、僕の気持ちは晴れなかった。「こんな事は、しばらく計画しない方がいいな。如何せん所帯が大き過ぎる。今までは少人数でやるから、リスクを考慮しなくても良かったが、これだけの人数になると統率に限界を感じるよ。確かにみんなは良くやってくれた。だが、全員を外出禁止には出来ない。これからは、もっと熟慮して動かなくてはいかんな・・・」「そうかもね。反省を忘れないのも〇ッシーの良いとこ!ほら、おすそ分けの山が出来てるよ!」マイちゃんの指さす先にはお菓子の山があった。「おいおい、目立つところに置くなよ!バレバレじゃん!」と言うが女の子達は聞いていない。「いいか、ゴミにする時はくれぐれも用心してくれよ!そこから足が付いたら元も子もないんだからな!」僕は口を酸っぱく注意を促したが、彼女達はお菓子に夢中だ。「まあ、分かってるだろうから、いいか?」自身を納得させると、おすそ分けの山をポケットに詰め込んで隠す。「〇ッシー、この間言ってたベリーのヤツだよ!口開けて!」僕の口にお菓子が投げ込まれる。明日からは、約半数が外泊に出る。病棟もガランとするだろう。その前にカーニバルが完了したのは幸いだった。みんなの笑顔が眩しかった。「まあ、よしとするか?」何とか自分を納得させると、お菓子を次々に口にへと放り込んだ。

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