limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑤

2018年11月10日 16時21分39秒 | 日記
眠れない一夜が明けた。寝不足の私は、半ばボーっとしながら洗顔をしてヒゲを剃っていた。その時「〇ッシー!大変!マイちゃんが居なくなってるの!」とメンバーの女性患者が走って来た。「あー?!居なくなったってどう言う意味?」当然の如く、私はトボケにかかる。「ベッド毎部屋から消えちゃったのよ!昨夜何があったの?」「俺は千里眼でも仙人でもないよ。寝てる間に何があったかまで把握してはおりません!ところで、ベッド毎消えたってのは本当なのかい?」私も不審そうに聞き返す。「ええ、ベッドを含めた一式丸ごと消えてなくなってるの!〇ッシー、本当に知らないの?マイちゃんが“〇ッシーは幽体離脱して病棟を見回ってる”って言ってたから・・・」「あのねー、俺にそんな能力は無いの!同室の彼女達は、何か気付いてないの?」「全然ダメ!」「うーん、だとすると急変してICUか?昨日、マイちゃん殆ど部屋から出て来なかったろう?そこら辺に何かあるんじゃない?いずれにしても、朝からあまりギャイギャイ騒ぐのはマズイよ!朝食後にみんなで考えをまとめようよ」「そうだね。みんなから証言を聞いて行方を探そう。〇ッシー、協力してよね!」「勿論、ともかく落ち着いて話せる状況を設定しよう。いたずらに騒ぎを大きくしてもマズイ。冷静に事に対処しよう」私は、どうにか“当事者”である事を悟られずに済んでいる様だ。恐らく、深夜の内にマイちゃんは個室へ移動したに違いない。後は、どうやってメンバーの目を逸らせるか?だった。朝食後、早速“聴き取り調査”が始まったが、マイちゃんの消息について有力な情報は出なかった。「とにかく、みんな落ち着こう!冷静に!きっと情報は出て来る。理由はいずれ明らかになる。その時まで暫く様子を見よう」私はメンバー達を落ち着かせて、憶測でモノを言うのを封じた。「いつもの通りに過ごせばいい。マイちゃんの事だ、ひょっこり戻って来るさ」私は仮面を被って、騒ぐ女性陣を鎮めるのに躍起になった。それしか出来ることは無かったからだ。

三日後、朝の検温の担当者が、Kさんになった。女性陣の騒ぎは一応の鎮静化を見てはいたが、皆不安と暗中模索の中にあった。病室でKさんを待っていると、一番最後に回された様で、彼女の到着はかなり遅かった。Kさんが来ると、彼女はベッド周囲のカーテンを閉めて暫く様子を伺っていた。病室には私だけが残っているのを確かめると「この間はありがとう。貴方も上手く振る舞ってくれてるから、女の子達も落ち着いてるわね」と小声で言った。「冷や汗ものでしたけど、何とか切り抜けました。出来る事はこんな事しかありませんから」と私も小声で返した。Kさんから体温計を受け取り、彼女は腕に血圧計を装着する。「マイちゃん、北側の個室で落ち着いているわ。でも、1つお願いがあるそうよ」「なんです?」「貴方から借りてるカメラ。もう暫く手元に置いておきたいって、お守りの代わりにしたいそうよ」Kさんは検温作業をしながら、さりげなく言った。「それなら一向に構いませんよ。フィルムもまだ残ってるし。彼女がそうしたいなら異存はありません」「ありがとう。伝えておくわ。それと、もう1つお願いだそうだけど、手紙を書いてくれない?出来ればカメラのお話が聞きたいらしいの。お願い出来る?」「分かりました。そのくらいはさせてもらえるなら、お安い御用です。書きあがったらどうします?」「今日は“日勤”だから、ステーションに持って来てくれればいいわ。けれど悟られない様に気を付けてね!」Kさんは便箋をさりげなく置いていく。「くれぐれもお願いよ!彼女にはもう少し時間が必要なの。上手く女性陣の目も欺いてくれると助かるわ。辛いし難しいのは百も承知。でも、それが出来るのは貴方しか居ないの!困ったら、私達を呼んで!全てを背負わせる事はしないから」Kさんは私の手を握りしめてそう言った。マイちゃんへの手紙は、午後に仕上がった。「Kさん、借りてた便箋をお返ししますね!」ステーションでそう言うと「サンキュー!気が利くじゃん」と言った後「直ぐに届けるね。ありがと」と小声で囁いた。以下は手紙の全文である。

マイちゃんへ

少し長い話になるけれど、無理をしないで読んで欲しい。今、マイちゃんの枕元にあるカメラは“世界に1台しかないカメラ”だよ。まず、底の製造番号を見てごらん。「F-0055」と言う刻印が打ってあるはず。これは“試作品”である事の印なんだ。Aから数えてFは6番目。6回目の試作の55号機と言う意味だ。普通、試作品は「一般性能試験」と「耐久テスト」でボロボロにされて、最期に「破壊試験」にかけられてスクラップになっちゃう。でも、55号機は「一般性能試験」に合格した後、僕の手に渡り残されたものだ。ボディーカラーの「シャンパンゴールド」は、アメリカへ輸出する為に用意された特別な色で、日本では手に入らないモノ。この「シャンパンゴールド」を造りだす為に、僕は半年かけて開発を手掛けた。その「功績」を称えられて、試作55号機を贈られたんだよ。ある意味“運の強いヤツ”でもある。スクラップを免れたのだから。きっと、マイちゃんにも味方してくれるはずだ。

試作55号機の正式な名前は「T-プルーフ」と言って、生活防水機能が付いた写りのいいカメラとして、アメリカのカメラ雑誌で賞を貰った事もある実力機だ。そもそも、このカメラの商品企画が始まった頃、「T-スコープ」と「スリム-T」と言う別のカメラの“いいとこ取り”が出来ないか?と言う、何とも妙な話が持ち上がったのが、全ての話の始まりになった。まず、「T-スコープ」の生活防水機能と、「スリム-T」の極限まで大きさを小さくしたコンパクトなサイズを“合体”させられないか?と商品企画担当が思い付いた。しかも、ボディーカラーも“ブラック”“シルバー”“ゴールド”の3色を実現したいと言う桁外れの企画を。当然、設計や僕ら製造部隊は「大反対」をした。“シルバー”と“ゴールド”なんて色は「光が透けて“漏光”してまうから、どう考えても無理だ!」って会議で猛然と反論した。「“漏光”すれば、フィルムが感光してしまって、肝心な写真が撮れない!」って言ってね。でも、何故か本部長がこの企画に「いいじゃないか!」とGOサインを出しちゃったのね。僕らは反対でも、上が「造れ!」って号令を出しちゃった以上は、何とかするが製造部隊の役割。そこから“前代未聞”の開発が始まった。最初は、“ブラック”の地に“シルバー”と“ゴールド”の塗料をどれだけ塗ればいいか?から始まったんだけど、どうやっても“黒くくすんだ”色にしか仕上がらなかった。「これは、素材の色から開発するしかない」って事になったのは、1ヶ月後ぐらいだったと思う。プラスチック素材は、元々“無色透明”なんだけど、カメラ用として「黒い顔料」を練り込んで色を付けている。その他にも、強さを必要とする部分には“ガラス繊維”を追加してある。光を遮るには「黒い顔料」を多めに入れれば、事は簡単に片付いて行くけれど、“シルバー”と“ゴールド”を造るには、灰色と黄土色の「顔料」を使い、光を遮る特殊な素材もいれて尚且つ“ガラス繊維”も入れて強度を落とさない様にしなくちゃならなかった。色合いと強度を丁度いい加減にして、“ガラス繊維”を浮かせない様に仕上げないと、綺麗な“シルバー”と“ゴールド”は造れない。素材メーカーに20種類以上のサンプルを造らせては、部品を造って塗料を塗って、強度試験にかける。3ヶ月はあっという間に過ぎ去ったよ。それでも、「顔料」や光を遮る素材の入れ具合は、ほぼ決まった。でも、最期の関門が待っていた。数十万個と安定して量産するのには、素材を溶かす温度や冷ますための温度設定、固める圧力と加圧時間といった“成形プログラム”を成形機械に設定しなくてはならなかった。それも“どの成形機械でも安定して造れる”事が条件だった。成形機械にもそれぞれ“個性”があって、同じプログラムは通用しない。寸分違わずに同じ物を造れなくては、量産は出来ない。2ヶ月かけて、夜中にひたすらプログラムを設定する仕事をした。昼間は別のカメラの部品を造らなきゃならないから、手間のかかるこうした作業は夜にやるしかなかった。でも、何とかやり遂げて“ブラック”“シルバー”“ゴールド”の3色を造り分ける事に成功したんだ。

こうして、「シャンパンゴールド」ボディーカラーの「T-プルーフ」はアメリカへ輸出される様になり、一番苦労して開発した「ご褒美」として、試作55号機が僕の手元にやって来た。日本でこの色を持っている人は、極わずかだと思う。ましてや、試作品なんてこれ1台だけだろう。“幸運なヤツ”だよ。余談になるけれど、量産品の製造番号は「00002500」から始まっているよ。2500番以前の番号は「特別に取ってある」からだ。0~999と1000~2300までは「指定番号」としてお客さんからの依頼用に、数字が揃うゾロ目(111とか555とか1111とか2222)も特殊注文用として使われる事は限られているよ。試作番号もそうだけど、普通は“存在しない”番号だから、かなりの珍品でもある。僕が半年かけて開発に参加したカメラが、マイちゃんの「お守り」になったのは光栄な事だよ。どうか、可愛がって欲しい。そして、また、“幸運なヤツ”で2ショット写真を撮りたい。待ってるよ。

それではまたね

その日は、久々の主治医面談もあり、午後は多忙を極め喫煙所の“定位置”を温めているヒマも無かったが、女性陣の言動には極力気を配り、あらぬ方向へ暴走していないか?を確認する事を怠らなかった。主治医面談が終わった時、Kさんが面談室へやって来た。「ちょっと時間をくれる?」と言うとドクター達が立ち去るのを見計らって「彼女、すごく喜んでた。“ありがとう”って伝えて欲しいって言ってた。女性陣も今の所落ち着いている様ね」「ええ、私もトボケるのに必死ですが・・・」「貴方に過剰な負荷をかけるのは、私達看護師としても本意ではないけれど、怖いのは“憶測が独り歩き”する事よ。師長さんとも話し合ったけれど、頃合いを見計らってマイちゃんの事は、ある程度オープンにするつもりよ。貴方にいつまでも“重荷を背負わせるな”って師長さんも心配していたわ。昨夜は眠れた?」「実は、ここ数日ほとんど眠れてませんよ。気になってしまって・・・」私は正直に吐露した。「無理もないわ。それが普通よ。でも、事が事だけに他の人に影響が広がるのが心配だった。私も貴方より、彼女を優先してしまった。それは看護師としてあやまらなくてはならない事だわ。ごめんなさい。無理させてしまって。貴方も疲れたでしょう?私から主治医の先生に話して、今夜は点滴を入れてもらう様にしておくわ。だから、少し休んで。貴方まで倒れたら申し訳が立たなくなるわ」Kさんは黙って頭を下げてくれた。私にはそれで充分だった。「俺にも責任がありますから、Kさんとの約束は果たしますよ。そうでなければ、みんなパニックになってたでしょうよ。今の所、落ち着いてますからこれからも出来る範囲で鎮静化に努力しますよ」「そうね、その努力は無駄にしないわ。Hさんが言ってたけど、貴方は“頼れる男の子”だわ。私にもよく分かる。病棟に置いておくには惜しい人ね」Kさん“らしくないセリフ”に少々戸惑ったが、2人で交わした約束は確実に功を奏していた。「ありがとう。みんなの為に頑張ってくれて、感謝してます」Kさんはそう言うと面談室から病室まで私に付添をしてステーションへ戻って行った。

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