父は全国で名の知れた総合病院に入院していた。
2回目の入院の1日目の夕方に主治医から電話がかかってきた。
「実はお父さんが治療を継続できないかもしれない理由があって」と。
なんだろう?そんなに悪い病気なのかな?と姉とフリーズ。
色々な手続きでまだ院内に残っていたので直接Drと話をすることに。
詳しくは書けないが、点滴の針がなかなか入らず何度も刺しなおされた
結果、父が看護師さんに嫌味交じりに怒鳴ったとのこと。
それを病院では「暴言」=「言葉の暴力」ハラスメントとなるのだと。
看護師の心に傷がつくことはNGなのだと、こんなことでは問題にならない
病院も多いのだがここではダメなのだと先生はとても言いづらそうに
「次に暴言があった時には退院してもらうことに・・・」
私たちは奈落の底に突き落とされた気分になった。
なぜなら暴言は父の普段からの癖でもあったからだ。
妻に対しても娘に対しても孫に対しても
もう少し優しい言葉をかけられないのかと言いながら
私たちはそれに慣れてしまっていた。
そもそも昭和一桁台の男性はこういう頑固一徹な人が多い。
ケアマネの時も何度怒鳴られたか分からないくらいだ。
でもその人の本質が分かっていれば無駄に傷つくこともなく
はいはいって聞き流すことができた。
頑固で扱いにくいものの自分に厳しく一本筋が通っているのが
典型的なこの世代の男性たちだったからだ。
父もまさにそうで、本人に悪気がないことはわかっているが
こちらの機嫌によっては大喧嘩することもあった。
とりあえず病室に戻り娘から一生のお願いを父にした。
きついことを言われたら心に傷がつく看護師さんもいると
だから腹が立ったら私に怒鳴っていいからどうかこらえてと。
その約束を父は退院まで守ってくれた。
私たちは毎日父のもとに通い、看護師さんには平謝りの日々だったが
毎日通ったからこそ、その病院の特異なところに気づいてきたのだ。
看護師さんたちは病棟に結構な数配属されていたが、そのほとんどが
なぜか廊下で黙々とパソコンを打っていた。
電子カルテ化し、申し送りや記録の入力が必要なことはわかる。
ただ、奇妙だったのが廊下を患者さんが歩いていても声掛けがない。
普通、〇〇さんどこへ行くの?とかリハビリ頑張ってねとか
家族が面会に来たら挨拶したり声をかけたり
少なくとも私が病棟で仕事をしていた頃はそうゆうやり取りが
普通にあったのでいつ行ってもシーンとした病棟が奇妙に感じた。
まるで彼氏とカフェにいるのにスマホを見ている彼女のような
無駄にコミュニケーションを取ろうとしない今どき世代?
そうか、この人たちからしたら昭和一桁世代は既に過去の遺物・・・
パワハラやモラハラで強制退院させられる時代なんだと。
古いのかもしれないが、私は少なくとも介護職をずっと続けてきた
人間で、高齢者と関わるなかでアンガーマネジメントというのも学び
身体が不自由になることによって起こる怒りや暴言も受け止め
本人に寄り添うことが介護のプロとしての務めだと、自然に
聞き流し受け流し寄り添うことを続けてきた。
何より相手は死と隣り合わせの弱った病気の人間なのだ。
そういった人間力というか対応力というか、そもそも看護師なら
そのあたりはエキスパートであることが必要ではないだろうか?
最初は父親の口の悪さにやれやれと思っていた姉と私も
扱いづらい人間になったら老後は入院もさせてもらえなくなるねと
自分たちの将来を案じた。